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「品格のない力士に聞かせたい挨拶」“朝青龍とバトル”内館牧子は将棋も愛した…米長邦雄に「タマは取られても?」ビックリ質問したことも
posted2026/02/14 06:00
相撲のイメージが強い内館牧子だが、米長邦雄との縁など将棋も愛した人物だった
text by

田丸昇Noboru Tamaru
photograph by
BUNGEISHUNJU/JIJI PRESS
脚本家、作家として多彩に活動した内館牧子は、2025年12月17日に急性左心不全のために77歳で死去した。そんな内館は将棋界との縁も深い。
生前は棋士の米長邦雄永世棋聖(2012年に69歳で死去)と交流し、そんな縁で「六十の手習い」で将棋を覚えることを思い立った。『将棋世界』誌で連載した超初心者の上達日記は、滑稽さがあって読者の人気を呼んだ。記事での愉快なエピソード、将棋を通して書いた教訓などについて、田丸昇九段が紹介する。【文中敬称略・棋士の肩書は当時】
相撲だけでなく将棋も愛した
内館牧子は1948(昭和23)年9月10日に秋田県秋田市で生まれた。武蔵野美術大学を卒業後に三菱重工業に入社後、会社帰りにシナリオ講座に通って脚本の面白さを知った。35歳で退職後、脚本家の橋田壽賀子に弟子入り志願し、橋田の仕事を手伝いながら脚本を勉強した。そして88年に40歳で脚本家デビューを果たした。
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代表作はNHK大河ドラマ『毛利元就』(97年)に加えて、大相撲を題材にしたNHK連続テレビ小説『ひらり』(92年~93年)がある。相撲は少女時代から好きで、2000年(平成12)には日本相撲協会から横綱審議委員会委員を女性として初めて委嘱された。05年には東北大学相撲部の監督に就き、横審委員として元横綱・朝青龍の言動を巡っての舌鋒鋭い発言は、世間の大きな衆目を集めた。
そんな内館は、相撲だけでなく将棋好きでも知られていた。きっかけは1993年のNHK紅白歌合戦で、ゲスト審査員として登場したときのことである。
この年、ゲスト審査員として同じく登場したのは、米長邦雄名人である。内館は朝ドラマ『ひらり』で脚本の執筆、米長は最年長記録の50歳で名人に就任した実績によってだった。
その後、内館と米長はNHK紅白が機縁となって交流が始まった。米長は将棋を愛好した元大関の初代貴ノ花と若い頃から親しく、継承した二子山部屋の後援会員になるなど、相撲界と縁が深かった。また、両者は2000年代に東京都教育委員会委員に任命され、定期的な会合でよく会った。
「米長門下に入れてください」「タマは取られても?」
内館が還暦を翌年に迎える2007年春、こう思い立った。

