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86歳で死去・加藤一二三…じつは“学ランでイケメン”だった中学生棋士「ウヒョー!」「いつの日か必ず名人に」42歳の悲願と、ひふみん愛されエピ

posted2026/01/24 06:00

 
86歳で死去・加藤一二三…じつは“学ランでイケメン”だった中学生棋士「ウヒョー!」「いつの日か必ず名人に」42歳の悲願と、ひふみん愛されエピ<Number Web> photograph by Tadashi Shirasawa

将棋界で数々の伝説を作った加藤一二三九段。86年の生涯を閉じた

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NumberWeb編集部

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Tadashi Shirasawa

 1月22日、将棋棋士の加藤一二三九段が86歳で死去した。NumberWebに掲載された各エピソードを再構成して、“じつはイケメンだった”若き日などの懐かし写真とともに「神武以来の天才」を追悼します(棋士の称号、段位は初出以外省略)。

羽生でも藤井でも更新できなかった“加藤の大記録”とは

 将棋ファンの間では広く知られていた加藤一二三九段。そんな彼が世間で一躍脚光を浴びたのは今からさかのぼること9年前の2016年12月、現将棋界の最強棋士としてトップに立つ藤井聡太六冠のデビュー戦の相手となった時だった。

 加藤と藤井には、共通点があった。それは「中学生棋士」である。

 藤井の四段昇段は14歳2カ月という史上最年少記録だったが、それまでの最年少記録を保持していたのは加藤。1954年8月、当時最年少記録の14歳7カ月で四段に昇段した。「中学生棋士」は2人以外に谷川浩司十七世名人、羽生善治九段、渡辺明九段がいるが、将棋の歴史に名を残す3人ですら加藤を上回ることはできなかった。

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 さらに加藤が持つ凄まじい記録は、棋士にとってのステイタスである「A級棋士」まで駆け上がった際のものだ。史上最年少で同年に順位戦に参加すると、C級2組~C級1組~B級2組~B級1組~A級と、4期連続で昇級。端整な学ラン姿で戦い、1958年に最年少記録の18歳3カ月で、最上位のA級棋士となった。これは前述の羽生や谷川、藤井でも更新できなかった“空前絶後の大記録”といっていい。

 そんな加藤は2023年、藤井が史上最年少の名人・七冠を達成した際にもコメントを残した。対局翌日の新聞やネット上には、一流棋士や愛棋家著名人の祝福コメントが載った。加藤はこのように、他のライバル棋士にもエールを送っていた。

「藤井名人からタイトルを奪えばヒーローです。将棋界を面白くしてください」

ストーブ事件、昼夜うな重、時間切れ負け…伝説ばかり

 一方で盤上盤外では「対局中、相手側の方向から覗く『ひふみんアイ』を発動」「冬の対局で持ち込んだストーブを配置した際、対局相手に嫌がらせと誤解された(通称:ストーブ事件)」「じつは“銀河系軍団”以来のレアル・マドリー好き」「昼食、夕食ともに『うな重』を注文」「おやつは板チョコ6枚、カルピスをジャーにいっぱい充填」など数多くのエピソードを持つ。

 王座1期の経験を持つ中村太地八段は、かつて加藤との対局の際に起きた珍しい出来事についてこう述べてことがある。

【次ページ】 “中原相手の20連敗”も名人奪取…思わず「ウヒョー」

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