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86歳で死去・加藤一二三…じつは“学ランでイケメン”だった中学生棋士「ウヒョー!」「いつの日か必ず名人に」42歳の悲願と、ひふみん愛されエピ
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byTadashi Shirasawa
posted2026/01/24 06:00
将棋界で数々の伝説を作った加藤一二三九段。86年の生涯を閉じた
「加藤一二三先生との対局でした。30秒将棋の早指しだったんですが、加藤先生があまりにも集中しすぎた結果、秒読みの声が聞こえなくなって時間切れで私が勝ってしまった経験があるんです」
“中原相手の20連敗”も名人奪取…思わず「ウヒョー」
数々のエピソードの中でも特に強烈なのは――加藤が42歳で悲願の名人を獲得した、1982年の名人戦最終局だろう。
14歳でプロ棋士となったゆえに「神武以来の天才」と呼ばれた加藤だが、7歳年下の中原誠十六世名人に公式戦で20連敗という苦しみも味わっていた。
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1982年の名人戦は、名人位を連続9期も保持していた中原名人に、加藤九段が挑戦。一進一退の攻防の末に迎えた第8局は、台風が接近する東京の将棋会館で行われた。
終盤の土壇場、加藤はなかなか詰み筋を発見できなかった。しかし残り時間1分で詰みを発見すると、膝を突き、立ち上がって「ヒャー」と声をあげた。さらに「フーム、なるほど、なるほど」と続けた。10メートルほど離れた控室にも、加藤の「ウヒョー」というような奇声が聞こえたという。
加藤は後年、その瞬間についてこう語っている。
「対局中は、数日前に読んだ旧約聖書の一節の《あわてないで落ち着いてことを進めろ》という言葉を、何回も心の中で唱えました。終盤で詰みを見つけると、《あっ、そうか》と叫びました。世間では、私が喜びのあまり、興奮して奇声をあげたと言われています。しかし、その言葉の裏には、いつの日か必ず名人になれると信じて精進してきたことが叶うんだ、という万感の思いが込められていたのです」
かつては寡黙、名人獲得後は明るく饒舌に
かつて求道者のように寡黙で近寄りがたかった加藤だが、名人獲得後は明るく饒舌になったという。86歳で幕を閉じた「ひふみん」の生涯には、将棋に捧げた情熱と神髄が込められていた。〈将棋特集:つづく〉

