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青学大前キャプテン「一番の夢は箱根を実況すること」箱根駅伝優勝→地方局アナになったわけ「ニュースを読むのは陸上より緊張をごまかしづらい」
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佐藤俊Shun Sato
photograph byFukui Broadcasting Corporation
posted2026/01/08 11:01
昨シーズン青学大のキャプテンを務めた田中悠登さん。故郷の福井でアナウンサーとして活躍する田中さんがこの仕事を選んだわけとは
だが、福井訛りのイントネーションにはずっと気を使っており、滑舌練習や発声のために、歌舞伎の演目の早口言葉で有名な「外郎売」をひたすら口にするのがルーティンになっている。
「滑舌を良くし、発声をクリアにするのは難しいです。普通、アナウンサーを目指す学生は、練習をアナウンススクールでやってきています。自分もスクールでサポートしていただいていましたが、なかなか学校と陸上で行ける時間がなくて。就職活動のときには、スキル的な部分で少し差があったなと。
イントネーションも個人的には難しいですね。学生時代も福井の訛りが抜けなかったんですが、福井に戻ってきてからは逆にさらに訛ってしまったところもあるので、そこは相変わらず苦労しています(苦笑)」
もともと競技は4年でやり切ろうと
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田中さんは、青学大2年時に出雲駅伝で駅伝デビューを果たした。そのシーズンの箱根駅伝は8区5位で走り、チームは3位だった。3年時は、全日本大学駅伝8区3位と好走している。有力選手の場合、この時期には卒業後に進む実業団が決まっていく。田中さんも、実力的には実業団で走れるレベルにあったはずだ。なぜ、アナウンサーだったのだろうか。
「もともと競技は、4年間でやり切ろうと思っていたんです。卒業後、より大きなことにチャレンジするには競技ではなく、違った方向で頑張ってみたいと思っていました。また、箱根を走った時などに、自分の思いを伝えてもらったことがすごくうれしかったので、そういう仕事ができたらと思っていました。
それがアナウンサーという職だったんです。進路を決める時には、マラソンで頑張ってみたいという気持ちもあったのですが、最終的にアナウンサーをやりたいという気持ちが勝りました」
ハードだった就職活動
4年時の就職活動は、前期のトラックシーズンと重なる。田中さんが就活している中、4年生の仲間は「応援しているよ」と声を掛けてくれた。だが、地方局の面接は日帰りではできず、宿泊を伴うことが多い。必然的にキャプテン不在の時間が増えた。後輩からは「就活とはいえ、何度もチームを抜けるのはどうなんですか」という声が上がった。


