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「マリニンが何度も転倒していた」史上初の偉業の3日前に起きていた“ある異変”…なぜ7本の4回転ジャンプを成功できたのか? 本人が語る舞台裏
text by

田村明子Akiko Tamura
photograph byAsami Enomoto
posted2025/12/12 11:04
GPファイナルのフリーで圧巻の演技を見せたイリア・マリニン
フリー238.24のスコアが出ると、キスアンドクライに座っていたマリニンは、目を丸くして両手で顔を抑えた。一か月前にスケートカナダでマリニン自身が更新させた歴代最高フリースコアを10ポイント近く上回る新記録。総合332.29で逆転優勝を果たした。
「今までできた中で最高の演技の一つ。一つ一つのエレメンツが戦いだった。この演技を日本の観客の前で見せることができて嬉しい。観客の助けなしでは、可能ではありませんでした」
優勝会見で、まずそう口にしたマリニン。
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「もっと安全策でいくことも考えたんです。でもこのGPファイナルに何をするために来たのか思いました。ファイナルは新しいことを試して、何が可能なのか、特に今年はオリンピックでどう戦うかの基盤を作っていくことが大事。ここでプレッシャーを感じながら、この演技をできたことを嬉しく思っているし、ここからさらに内容を濃くしていくことが可能だと思います」
「朝起きたら、自分の中で何かが変わっていた」
会見を終えてから、改めてミックスゾーンで記者たちに囲まれたマリニンに、完全に「ゾーン」に入り切ったこの精神の強さについて聞いてみた。
「実を言うと、今朝起きた時に、何かが自分の中で変わったと感じたんです。今日は自分がやれる。戦ってベストを尽くすぞ、という気になった。言葉ではうまく言い表せないのですが」
アスリートやアーティストはすべてがはまった時、神がかって見える特別な瞬間がある。この日のマリニンは、間違いなくそのゾーンに入ってきた。しかも彼は大会前に、体調は100%ではないと告白していた。
「100%の状態ではないのに、この演技ができたことはとても自信になりました。これから2カ月かけてオリンピックへの準備をして、オリンピックには110%の状態で挑みたいと思います」
大会直前に21歳の誕生日を迎えたこの若者は、スケーターとしてどこまで進化していくのか。興味深く見守っている。
(撮影=榎本麻美)


