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「本当に殴れるんだろうか」幼なじみの“二世女子プロレスラー”がついに対戦…田中きずな20歳と心希16歳「運命でつながった」ライバル関係
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2025/11/10 17:02
マリーゴールド両国国技館大会で対戦した田中きずなと心希。府川唯未と大向美智子がそれぞれのセコンドについた
「しんちゃんを殴ったり蹴ったりできるんだろうか」
心希と最初に対戦する前のきずなは「本当にしんちゃんを殴ったり蹴ったりできるんだろうか」と思っていた。だがガムシャラに向かってくる心希と闘うと、ライバル意識が芽生えてくる。ましてマリーゴールドは新人が多い。
「後輩が増えてどんどん追い上げてくるし、ちょっとでも立ち止まったら上の選手との距離も離されてしまう。本当は悩んでいる時間なんてないんです」
いつもは使っている母から受け継いだ技、飛びつき腕十字をあえて使わずにきずなは勝利した。自分が二世レスラーであることはよくも悪くも変えられない。
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「プラスにするのもマイナスにするのも自分でしかないですよね。自分が前を向けばいい」
心希とのシングルマッチは、前を向いてプロレスラーとして生きていく、その覚悟を決めるための闘いだったのだろう。
「いろんな葛藤、不安もあったんですけど、私はこの先も二世だということも背負って、それをプラスに変えて、何をもって超えたと言えるかは分からないけど、いつか親を、“二世”を超えます」
そんな娘に、府川は言った。
「私の夢を背負うって言ってくれてるけど、この子がプロレスをやってくれてるおかげで、私はまた夢を見させてもらっているので。夢の続きとか、ママの夢も背負うとか、そういうのはお菓子のおまけみたいなもの。今日、特別な相手の心希に勝てたことで、自分が出せたんじゃないかと思います。心希にもお礼を言いたいですね。ギラギラした目で、お母さんのいいところを凄く受け継いでいるなって」
心希は母の手を握っていた
心希はストレートに悔しさを口にした。
「一番負けたくない試合だったのに負けてしまって、めっちゃ悔しくて。もっと練習して強くなって、次は絶対きずなさんに勝ちます。そして上に行きます」
力強い言葉を発しつつ、後ろに立つ母の手をずっと握ったままだった。強気な新人レスラーは、まだ16歳の高校生でもあるのだ。
それぞれの考え方で二世レスラーであることと向き合うきずなと心希を見ていたら、30年ほど前に見た立川談志の高座での言葉を思い出した。落語界にも二世は多い。否定的な声もある。だが、談志はこう言っていた。毒舌のイメージが強い人だったが、独演会に通うようなファンはその優しさをよく知っている。
「親と同じ仕事をするのは、それだけで親孝行なんだ。親にしてみたら、自分の人生を肯定してもらった気持ちになるはずだよ」
プロレスラーも同じだ。人気商売、怪我の危険もある。親に心配をかけることだってもちろんある。けれど田中きずなと心希がプロレスの道を選んだこと自体に、大きな価値があるのだ。



