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「M-1と決定的に違うのは…」“元は芸人出身”異端の落語家が振り返る“落語界のM-1”決勝戦の全内幕…「熱量が結果につながるのは、自明の理」
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生島淳Jun Ikushima
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2025/11/06 11:05
お笑い芸人から落語家に転身し、異例の速さで二ツ目に昇進した立川吉笑。出世の大一番となったNHK新人落語大賞の内幕を振り返る
吉笑は、自分のスタイルの弱点はその時間管理にこそあると考えていた。
「僕はその場、その場で会話を変えていくタイプだし、ウケ量を重視するスタイルでは笑い待ちの時間も日によって変動するので、時間管理がルーズなんです。ただ、競技の場ではタイムオーバーが怖いので、だいたいこのクダリが終わったところで5分経過、ここで残り3分、最後のクダリでラスト1分、とチェックポイントを設けて安心材料は作っていたんです」
ところが、現実は机上演習のようにうまくはいかない。緊張からか、本番の吉笑の高座は9分を過ぎたあたりで終わりそうになってしまった。
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「さすがにこれは短すぎると思って(笑)。なんとか会話を延ばして10分数秒で収めました。でも、理想は11分を余すことなく使い切る高座にするべきだった。1分あればボケもいくつも足せますから」
手ごたえはあった。だがしかし…?
ウケた手ごたえはあった。だが、ベストではなかった。
それが高座を終えた直後の、正直な感想だった。それでも9割くらいは力を出せたかな――そんな思いを抱えながら、出番を終えた。
続く4番手は露の紫で演目は「看板のピン」、5番手は林家つる子で「反対俥」だった。
いずれも伝統的な古典の噺だ。それぞれ大過なく演目を終えている。
どうだっただろうか? 吉笑の心境としては穏やかではいられないが、もちろん最後まで細かな評価は分からない。
最後の6番目に登場したのは三遊亭わん丈。演目はこちらも古典から「星野屋」。わん丈は高座を11分ジャストで終えた。
「手堅いマクラを入れ、古典の美学もきちんと表現していました。しかも制限時間ピッタリだった。わん丈さんの落語を聴きながら、『ああ、これは強い。勝ちに来ている』とヒリヒリしていました」
ウケの量では負けていない。だが、わん丈の高座の良さも痛いほどに伝わってきた。「よし、勝ったぞ」と思う瞬間は――ついぞ訪れなかった。

