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プロペラで顔を切り刻まれ「これがまぶたで、これが目尻かな…」ボートレース界の“不死鳥”植木通彦は大事故のトラウマをどう克服したのか
posted2022/05/29 11:00
text by
曹宇鉉Uhyon Cho
photograph by
Sankei Shimbun
「その瞬間の痛みですか? みなさんも小さいころに、柱の角なんかに思いきり頭をぶつけた経験があるでしょう。あの衝撃に近いかもしれません」
1989年1月、のちにボートレース界で数々の金字塔を打ち立てる20歳の植木通彦は、ボートレース桐生でのレース中に転覆し、後続艇のプロペラに顔を切り刻まれる大怪我を負った。当時の記憶は、今も鮮明に残っているという。
「意識ははっきりしていました。ただ、手や足の怪我だったら自分でも具合がわかるんですけど、顔なのでわからない。救助艇に助けてもらって、病院に向かう救急車の中でも、私は状況がわからないから普通に振る舞っているんです。周りのみんなは恐怖を感じたでしょうね。顔を切り刻まれた当人が『フライングはありませんでしたか?』なんて質問しているわけですから」
病院に搬送され、緊急手術を受けることになった植木。執刀医の「これがまぶたで、これが目尻かな……」といった言葉によって、ようやくことの重大さに気がついた。
「局部麻酔を打って、縫って、また打って、縫って……。その繰り返しでした。局部麻酔なので、手術中も意識はあるわけです。いや、さすがに怖かったですよ(笑)。でも恐怖と同時に、先生を信頼するしかないか、と」
事故を起こしたのはデビュー3年目、「成績が一気に上がっていた時期」でもあった。日々のレースが楽しくなり、スポーツとしての醍醐味をより深く理解できるようになってきていた。しかし本人は「そこに慢心があった」のだと振り返る。レスキューに運ばれている間、植木はもうひとりの自分が「やっぱりか」と冷ややかに自分自身を見つめているような感覚を味わっていた。