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「中卒でこの世界に入って…」「ドMなのかな(笑)」16歳でデビューした女子プロレスラーの美徳…稲葉ともかが何度も繰り返した“ある悔しさ”
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2025/10/29 11:03
JTOの1期生として団体を引っ張る女子プロレスラーの稲葉ともか
悔しさは、自主興行直後の北海道遠征でも感じた。新日本プロレスのタイチ凱旋大会で組まれたJTO GIRLSのタッグ選手権という大チャンス。しかし観客からの反応は薄かったという。
「お客さんは新日本プロレスの選手たちを見に来ているんだから仕方ないのかもしれないですけど、あまりにも盛り上がりに差があって……」
若手の頃から、他団体で悔しさを味わうことは何度もあった。その度に「JTOを大きくしなくては」と思った。自主興行も、実を言うと自分のためではなかった。
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「JTOを大きくするためには、自分や妹が頑張るだけでは足りないんです。GIRLS(女子部門)の後輩たちが成長しないと。自主興行を開催したのも、後輩たちが他団体の選手と対戦する機会を作りたかったから」
後輩たちに期待するのはどんなことかと聞くと「すぐには答えが出てこないです」と稲葉。
「まだそのレベルということですよね。プロレスにかける思いもそれぞれ違うでしょうし、私には分からない部分もあります。だけど他団体の選手と試合をして、実力の違いや人気の差を感じて悔しい思いをすれば、何か変わると思うんですよ。少なくとも私がそうだったので」
稲葉ともかの“お姉ちゃん”思考
JTOでは、ともかとあずさの稲葉姉妹対決が看板カードの一つになっている。今年5月、初めてあずさに敗れたともかは「悔しさよりも、今は嬉しい」と語った。妹に対する姉の気持ちというのは、そういうものなのだろう。
あずさに対してだけでなく、彼女はJTO GIRLS全体の“長女”でもある。家族の中では4人きょうだいの一番上だ。
「性格的にも長女っぽいんですかね。責任感は強いと思います」
どうしても“自分がよければそれでいい”とはいかない性格なのだ。
「もちろん自分の人生ですし、この世界でトップを取りたい。JTOにいてはどうしてもそれができないとなったら……という気持ちは、片隅にあります」
そう語る稲葉。実際、同期の舞華などJTOを退団して出世していった選手も少なくない。
「でも私は、JTOを捨てられない」
長女として“妹”たちへの責任がある。メジャーな存在になり、専門誌の表紙を飾るといった目標は「(新興団体の)JTOでは無理だよ」とよく言われるそうだ。
「私を応援してくれている人たちですら、そう思っているはず。でも無理だと思われているからこそ実現させたいんです。それができたら私、凄くないですか(笑)」
団体のために動くこと、苦労すること自体が結果として自分のためになっているとも。
いかにも“お姉ちゃん”な考え方。この性格だと我慢したり人に譲ったりで損をすることもあるんじゃないかと想像する。だがもちろん、人のために動けるというのは誰もが持てるわけではない美徳だ。


