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体重マイナス30キロ「もうあの食事はできない…」“野人”と呼ばれた中西学58歳が明かす、引退後のリアルな現在「それでも生きていかなあかん」
text by

堀江ガンツGantz Horie
photograph byL)Keiji Ishikawa、R)AFLO
posted2025/10/17 11:00
2020年に引退した元プロレスラー・中西学の現在の生活とは?
引退後の現在「それでも生きていかなあかん」
2020年2月22日、新日本プロレスは後楽園ホールで「中西学 引退記念大会」を開催。そのメインイベントで中西は、同じ第三世代の天山広吉、小島聡、永田裕志、と組み、当時の新日本のトップ、オカダ・カズチカ&棚橋弘至&飯伏幸太&後藤洋央紀と対戦し、現役生活に別れを告げた。
――プロスポーツ選手にとって引退後のセカンドキャリアというのは、どんな競技でもすごく大事だと思いますけど、現役時代から引退後のことは考えられていましたか?
中西 いや、自分はそこまで真剣に考えてませんでしたね。でも、いざ一般社会に入ると、やっぱりなんもできないんですよ。ホンマに。ずっとプロレスをやってきて、「俺は厳しい世界で生きてきたんや」という思いはあったんですけど、慣れ親しんできた業界を離れて、まったく違う世界に来ると、まあ難しいと言うよりできない。「ここまでできひんか……」って思いますよ。
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ただ、それでも生きていかなあかんし、食べていかなあかんし。そのために、いまできることをやっていくという感じですよね。
――引退を決めた時は、コーチやトレーナーなど、なんらかの形で新日本に残りたいという思いはありましたか?
中西 それは残れるものなら残りたいですけど、そういう分野では他に優秀な人がいっぱいいるし、自分になんかお鉢が回ってこないですよ。
――引退時のコメントでは、実家の茶栽培を手伝うというお話もされていましたよね?
中西 そうだったんですけど、父と兄の体調の問題もあって実家の農業もダメになってしまいましたね。

