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甲子園の風BACK NUMBER
「台湾の有望中学生が“日本の高校野球”に流出」台湾代表の監督が語った“本音”…驚きの再会、じつは聖隷クリストファーに留学した選手が台湾代表通訳に
posted2025/09/19 11:07
台湾の中学生が高校野球に憧れて日本留学するケースが増えているという
text by

柳川悠二Yuji Yanagawa
photograph by
Hideki Sugiyama
アメリカと共に日本のライバルと目されていたのが台湾(チャイニーズ・タイペイ)だった。
台湾→日本の高校野球…監督の本音
決勝への望みをかけ、プエルトリコ戦に先発したのはアンダースローのエースであるチェン・シーチャン。通訳によると、彼は幼い頃から日本の高校野球が大好きで、甲子園大会の中継を見て育ってきたという。
「台湾のチームメイトとも、『僕らは甲子園の精神を見習ってプレーすべきだ』と話しあっていました。つまり、団結して、個ではなく集団として戦うことを学んでいました。今回の日本代表で名前を知っていた選手はいないけれども、日本のプレースタイルは常に学んできました。自分のアンダースローも、牧田和久さん(元埼玉西武など)や渡辺俊介さん(元千葉ロッテ)の動画を見て勉強していました」
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近年は台湾人の中学生に対し、日本の高校野球への留学を斡旋するようなエージェントも存在し、年間数十人の台湾人球児が日本にやってきているとされる。台湾人選手の海外流出は、台湾代表にとって果たして喜ばしいことなのか——。リャオ・ホンユアン監督はいう。
「台湾人の15歳にとって進路の選択肢が増えているのは喜ばしいことだと思う。留学生の多くは日本のプロ野球やアメリカのメジャーリーグを目指して海を渡る。たとえプロへの道が拓けていかなくても、素晴らしい日本の野球文化を台湾に持ち帰って、広めてくれる。それだけでも良いことではないですか?」
台湾チームの通訳を担当していたのは、背番号「19」のユニフォームを着た台湾人のスタッフで、日本語が達者だった。現在、帝京大学の2年生であるワン・シンハン(王星翰)氏は台北市に生まれ、中学卒業のタイミングで憧れていた日本の高校野球を学び、憧れの甲子園を目指すべく静岡の聖隷クリストファー高校に留学したという。同校を卒業後、現在は帝京大学の準硬式野球部に所属している彼は、台湾時代の恩師の紹介で今回の台湾代表のチームスタッフとなり、ブルペン捕手を務めることもあった。

