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甲子園の風BACK NUMBER
「街は過疎化」「ファンも落ち込んでしまって」甲子園に20年行けていない“黒潮打線”銚子商高はそれでも「私学とは違うやり方で甲子園目指す」
text by

内田勝治Katsuharu Uchida
photograph byKatsuharu Uchida
posted2025/08/22 11:03
1974年の銚子商高全国制覇の記念碑と、OBの澤田洋一・現監督。公立校の現状は厳しいが、名門復活への意気込みを語った
大学では教員免許を取得し、2003年から2年間、講師として銚子商に勤務。監督として甲子園通算23勝を挙げた斉藤一之さんの長男である斉藤俊之監督の下、後輩たちの指導にあたった。2005年から東総工に移るも、銚子商のコーチは続け、その夏に10年ぶり甲子園出場を見届けた。
「斉藤監督は1球に対しての妥協がなく、とにかく勝ちにこだわっていました。お父さんの野球に近いものがあったのではないかと思っています。甲子園に応援にもいかせてもらいましたが、応援が本当に凄かったですね。大漁旗は禁止されていましたが、地元の方が大勢駆けつけてくれたことを覚えています」
熱狂的ファン「土手クラブ」の激励も減ってきて……
千葉県の教員として正式に採用されたのち、県立銚子、市立銚子を経て、2017年春から銚子商の監督に就任した。試合に負ければ、すり鉢状の専用グラウンド斜面を陣取る「土手クラブ」と呼ばれるファンから叱咤激励の電話や、匿名の手紙が届いた。しかし、近年は「監督に就任した時よりも減っている」という。
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「最近は勝てていないし、負け方も悪いので、ファンの方々も落ち込んでしまっているところがあるのかもしれません。もう銚子商はダメなのかなと思われている部分はあるでしょうね」
近年は木更津総合、専大松戸、中央学院といった私学勢が台頭。今夏甲子園に出場した市立船橋や習志野も奮闘しているが、公立校が千葉を勝ち抜くことは難しくなってきた。勢力図が大きく変わると同時に、銚子市の人口は1965年の9万1000人をピークに、今年は5万3000人まで減少。全国で23しかない「特に構造的に深刻な自治体」に県内で唯一指定されるなど、過疎化が大きな問題となっている。
過疎化の街で公立校にできることは?
「かつて市立中学が8校あったのですが、2027年度には統合が進んで2校になってしまいます。人口減少に伴って、野球をやる子も減ってきています」
ただ、現状を憂いても仕方がない。2023年冬から地元の小学生をグラウンドに招いて野球教室を開催。今後はその回数を増やしながら、地域の活性化につなげていくことも視野に入れている。

