革命前夜~1994年の近鉄バファローズBACK NUMBER
「野茂のフォークは邪魔やったよね」当時MLB最強投手を打ち砕いた“メジャーに最も近かった男”佐々木誠が見た「近鉄の野茂英雄」の凄さとは?
posted2025/06/27 11:00
日本での野茂の投球を、ライバルの強打者たちはどう見ていたのか……今だからこそ「攻略法」を聞いた
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
Masato Daito
野茂英雄がメジャーに渡って30年。彼が切り開いた道が今、大谷翔平までつながった。だが、野茂の渡米はどうして可能になったのか? すべてがはじまった前年、1994年の近鉄バファローズの関係者たちを、当時の番記者が再訪。今だからこそ語れる証言で、「革命前夜」を描き出す巨弾連載! メジャーの舞台で野茂が通用した理由、その特異性を、日本で対峙した強打者たちはどう見ていたのか?〈連載「革命前夜〜1994年の近鉄バファローズ」第21回/初回から読む/前回はこちら〉
野茂英雄の日本での5年間を、記録の面から改めて振り返ってみた。
とてつもない数字が、ずらりと並んでいる。
野茂英雄が残した「数字」
日本でのラストイヤーとなる1994年こそ、右肩痛のために夏以降、2軍でのリハビリ調整が続いたことで8勝に終わったが、日本での5年間で一桁勝利だったのはその年だけ。ルーキーイヤーの1990年から4年連続で最多勝&最多奪三振のタイトルを獲得。この2つに加えて、1年目は最優秀防御率、最高勝率、新人王、リーグMVP、沢村賞、ベストナインと、合わせて「8冠」に輝いている。
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勝ち星は、1年目から順に18、17、18、17、8。
奪三振は、同287、287、228、276、126。
投球回数は同235回、242回3分の1、216回3分の2、243回3分の1、114回。
現代とは隔絶したフル回転ぶり
ちなみに、2024年はセ・パ両リーグを通じて、200イニングを突破した投手は一人もおらず、直近でも2018年に202イニングを投げた巨人・菅野智之(現ボルチモア・オリオールズ)まで遡る。
さらに2024年の投手タイトルを見ていくと、セの最多勝は巨人・菅野智之の15勝、パはソフトバンク・有原航平と日本ハム・伊藤大海の14勝、セの最多奪三振は巨人・戸郷翔征の156、パは西武・今井達也の187。どの数字を見ても、野茂がフル回転した1990年から93年の記録には遠く及ばない。

