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「そんなことするのはアホです」スターダム社長が否定したこと…敗者引退マッチに電撃移籍、激震が走るスターダムの未来とは?
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2025/05/08 17:04
「敗者引退マッチ」を終えた中野たむと上谷沙弥
「引退するって言ったら引退なんですよ」
引退をかけての闘いは、たむが言い出したことだった。3月の「敗者退団マッチ」に敗れ、それでも上谷と闘うために選手生命を差し出したのだ。上谷が引退をかける理由はなかったが「理屈には合わなくても魂では理解できる」と岡田。
インターネットには「どうせすぐ復帰するんだろう」とか「理屈をつけて引退しないんだろう」という意見も多かった。選手や関係者でさえ「本当にやめちゃうの?」と書き込んでいる。
岡田自身も、たくさんの人間から「あれマジなんですか」、「本当に引退なんですか」と聞かれたそうだ。「引退しないだろう」とSNSで簡単に決めつけるような声に対しては、岡田ははっきり「怒りに震えてますね」と言う。
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「リングで起きていることがすべてだし、引退するって言ったら引退なんですよ。それ以上でも以下でもない」
プロレス界は「敗者引退マッチに負けても引退しなくていい」、「引退しても復帰していい」業界なのか。答えはイエスだ。大仁田厚は7回引退して7回復帰。他にも長州力など多くのレスラーが大規模な引退試合を行ったにもかかわらず復帰している。プロレスマニアのラッパー、サイプレス上野は「引退は復帰のはじまり」という見事なリリックを書いている。そんなデタラメぶりもプロレスの楽しさではある。
ただ、それも時と場合による。“デタラメな楽しさ”を上谷とたむの試合に当てはめていいものかどうか、試合を見れば分かるはずなのだが。岡田曰く「チケットを買ってないしPPVも見ていない。そんな人たちほど“本当は引退しないんだろ”なんて言い出すものなんですよね」。
“リアル”があって成立した敗者引退マッチ
プロレスはスポーツであり格闘技でありエンターテインメント。スターダムにも通常とは違うリングネームで登場するキャラクターレスラーがいるし、横浜アリーナ大会でもエンタメとしか言いようがない展開があった。しかしエンタメの根底にも“リアル”が必要だ。
フィクションの中にリアルを見出す。あるいはリアルな感情をエンターテインメントに昇華させる。“虚実皮膜”にこそプロレスの醍醐味がある。新日本プロレスの取締役でもある岡田は「スターダムと新日本は日本の誇れるプロレスをやっている」と言う。選手のリアルな感情に立脚した闘いだ。けれどそんなプロレスを侮る者もいる。
「プロレスにとても詳しいという自負のある方々と言いますか。そういう人たちが、最近流行った女子プロレスのドラマを見て“会社のおじさんたちが女子選手を駒のように操る”のがプロレスだと思い込んでいるのかなと。それがプロレスなのであれば、我々が見せているものはプロレスじゃなくていい。それくらいの気持ちでいます」
スターダムは上場企業ブシロード傘下。仮に選手に引退を強要するようなマッチメイクをしたとして、それは訴訟リスクにもなる。
「それに選手の所属契約や出場契約にも、細かい条項がありますから。引退しても何年間は復帰できないとか、復帰する場合は最初の交渉をスターダムとするとか。“引退したけど明日から他団体で覆面レスラーとして復帰します”みたいなものではないんです」
敗者引退マッチとは、その条項に触れるもの。本当にそれでもいいんですかと、岡田は上谷とたむに確認したそうだ。また、岡田はたむがゴール、プロレスラーとして燃え尽きる場所を探しているようにも感じていたという。筆者も同感だ。その“リアル”があってはじめて、敗者引退マッチというマッチメイクが成立したのではないか。

