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「アイツには勝てない…」クイズ王・伊沢拓司の自信をへし折った開成“もう一人の天才”…異次元の記憶力で「史上最強のクイズプレーヤー」になるまで
text by

別府響Hibiki Beppu
photograph byL)本人提供、R)Keiji Ishikawa
posted2025/05/14 11:01

王者として君臨していた伊沢拓司の自信は、青木寛泰の覚醒により揺らいでいく――
「当時は大会で結果も出始めていて、ただただクイズするのが楽しかった。いろんな知識を覚えるのはもちろん大変だし、苦痛なんですよ。でも、そうすれば大会で勝てることがわかってきていて。じゃあ、そのために頑張ろうと思えるようになっていた」
青木本人がそう振り返るように、その実力は異常ともいえる「クイズに携わる時間」によって支えられていた。
苦手ジャンルは“異次元の記憶力”でカバーした
伊沢は「青木は強いけど、大会で勝てないタイプ」だと思っていた。
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それは、芸能や流行といった“軟らかい”テーマが苦手というイメージがあったからだ。極端な話で言えば、「SMAPの人数」というようなレベルの問題でも躓くことまであった。通常、そういった流行り物やニュース性のある知識は、普段の生活の中で触れることで覚えることが多い。
語弊はあるかもしれないが、端的に言えばガリガリと勉強だけに打ち込んでいるタイプよりも、適度に「遊んでいる」人ほど覚えやすくもあった。何より、伊沢自身もどちらかといえばそんな傾向があると自認していた。
だが、青木は性格的にも趣味の領域も、伊沢とは異なり派手なタイプではない。真面目で実直。コツコツと積み上げることを厭わない。ならばどうするか。
青木が取ったのは、苦手のジャンルであろうが無理やり「知識」として詰め込むことでカバーするという手段だった。
実生活で関わりがあるかどうかなど関係ない。極論、すべてを記憶してしまえばいい。半ば力技で、苦手ジャンルをへし折りにかかった。もちろんそれは、日本屈指の進学校である開成で、成績トップを走り続ける青木の異次元の記憶力があってこそできた離れ業だった。
そして、その手法がついにこの「高校生オープン」で、当時最強だった伊沢を破るほどの結果となって表れたのだった。
ただ、まだこのタイミングでは王者・伊沢としても言い訳のしようがあった。
なにしろその1週間前まで毛色の違う『高校生クイズ』の対策に奔走していたのだ。周囲も「まぁ伊沢は高校生クイズに懸けていたからな――」と思えるタイミングでもあった。
だが、周囲の目は変わらずとも、本人の心の中では、何かがガラガラと音を立てて崩れ始めていた。
「あれ、もしかして伊沢って、青木より弱いんじゃない?」
結果的にこの日を境に、2人のパワーバランスは大きく変わっていく。
「高校生オープン」以降、伊沢は青木に全く勝てなくなった。
実際の大会結果で上回ること自体はもちろんあった。だが、少なくとも伊沢の中の感覚として、青木に勝てたイメージが残っていないのだという。
伊沢が弱くなったわけではない。どの大会でも決勝までは楽に勝ち上がれるのだ。だが、その決勝の相手にはいつも青木がいた。そして何度挑んでも、なぜか伊沢は勝てなかった。