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東大“史上最強ランナー”は欧州でエネルギー会社「事業開発ゼネラルマネージャー」になっていた…出られなかった箱根駅伝「連合チーム」に思うこと 

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別府響

別府響Hibiki Beppu

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posted2025/03/15 11:03

東大“史上最強ランナー”は欧州でエネルギー会社「事業開発ゼネラルマネージャー」になっていた…出られなかった箱根駅伝「連合チーム」に思うこと<Number Web> photograph by 本人提供

今年で47歳になる東大“史上最強ランナー”の呼び声も高い新妻拓弥。現在は欧州でエネルギー会社の事業開発ゼネラルマネージャーを務めている

「そもそも学部時代も1時間とか2時間の練習時間だったので、それくらいなら修士論文を書きながらでもできたかな……とかも思いますけど(笑)。あとは化学が専攻でしたから、強豪実業団に化学メーカーもありますし、そういうところにトライしてみるとかもあったかもしれません。ただ、そればっかりはなんとも言えないですね。少なくとも実業団に行っていたら今の自分はいないので」

 今の自分――東大大学院の修士課程を修了して20年強。現在、新妻はロンドンにいる。

卒業後は大手エネルギー会社に入社

 2003年に東大大学院の修士課程を修了した新妻は、新日本石油(現ENEOS)へと入社を決めた。

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「大学での専攻を通じて環境やエネルギー問題に関心があったので、当時の新日本石油に入社し、最初は研究所に配属されました」

 その後は本社で経営企画や水素事業に携わると、2022年4月からはロンドンに駐在。この4月で日本に戻るまでは、長らく欧州で事業開発のゼネラルマネージャーを務めてきた。

「欧州は環境問題への関心が高く、いろんなスタートアップやベンチャー企業がいっぱいあるんです。企業によるプロジェクトもたくさん進んでいる。そういうところにENEOSが参画する、出資をする……あるいは技術提携をすることで、世界の低炭素化や脱炭素化に少しでも貢献できないものかと。そういう機会を探索するというのがメインの仕事ですね」

 一方で、前述のように実業団にこそ行かなかったものの、大学院卒業後も新妻は市民ランナーとして走り続けた。20代の時には並み居る実業団選手や箱根駅伝に出場するような大学生たちを破って、著名な大会で優勝もしている。そして、それは40代になった今でも変わらない。

 その根底にあるのは「シンプルに走るのが好き」という思いだ。

 そもそも箱根駅伝という学生最大級の舞台を目指すことを捨てて選んだ大学進学だった。それでも競技を続けた理由は、大会の規模にかかわらず、走ることや記録を伸ばすこと自体に魅力を感じたからでもある。だからこそ主体的に独自のトレーニングスタイルを作り上げ、学生トップクラスまで成長することができた。

【次ページ】 走ることを「主体的に楽しむ」大切さ

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