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「残高がゼロになった時は、涙が止まらなくて…」“アメフト経験ナシ”の20歳が「NFLに行きたい」で全米トップ級大学のスタメンになった波乱万丈

posted2025/02/10 11:02

 
「残高がゼロになった時は、涙が止まらなくて…」“アメフト経験ナシ”の20歳が「NFLに行きたい」で全米トップ級大学のスタメンになった波乱万丈<Number Web> photograph by Naoki Kitagawa

NCAA1部のハワイ大学アメフト部で正キッカーを務める26歳の松澤寛政。前人未踏の道だったこともあり、その経緯には多くの障壁もあった

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北川直樹

北川直樹Naoki Kitagawa

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Naoki Kitagawa

 アメリカンフットボールの本場、米国NCAA1部のハワイ大学で、日本人選手がレギュラーメンバーで活躍している。ハワイ大学でキッカー(K)を務める26歳の松澤寛政は、米国の大学に挑戦する日本人選手が多くなった現在にあって、異色のキャリアを歩んできた。かつては千葉県の普通のサッカー少年だった松澤。どのようにして本場のアメフト選手となり、NCAA1部の舞台にまでたどりついたのか。その超破天荒な軌跡とは――。《NumberWebインタビュー全3回の3回目/最初から読む》

 公園でのキック練習、アルバイト、コミュニティカレッジへの留学――。

 着実に夢への歩を進めてきた松澤寛政だが、無論うまく行ったことばかりではない。留学中は、生活費や学費をどうやりくりするかに常に追われていた。

 渡米前のアルバイトによる貯金は、2022年夏頃、コミュニティカレッジで4年制大学のリクルーティングキャンプを飛び回っているときに底をつき始めていた。円安も相まって、米国での生活には予想以上にお金がかかった。

とうとう貯金の残高がゼロに…

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 渡米してから松澤は、心配をさせないため、また甘えを断つためにあえて両親とは連絡を取らないようにしてきたという。しかし、ある日とうとう貯金が尽きた。

「残高がゼロになったとき、どうすればいいかわからなくなってしまって、涙が止まらなくなったんです。お金にはそれだけ力があるなと。だからこそアメリカのど真ん中、何にもない所でお金がなくなっちゃって……」

 松澤は、思わず両親に電話した。

「『やばい。もう、お金がない』って。そうしたら、母がこう言ってくれたんです。『お金はどうにかなるものだから、夢を諦めるんじゃなくて自分のやりたいことをやりなさい』って」

 ふと、涙がこぼれた。両親は、NFLへの夢を抱いた頃からとにかく応援してくれていた。

「父(徹治さん)は本当に応援してくれて。母(裕美さん)は最初は『何を言っているのかな?』くらいの感じでした(笑)。でも、すぐに信じてくれて、僕がやりたいことを見つけたことをすごく喜んでくれたんです、『NFL、本当に行くんだね』って。

 日本って『そんなのムリ』とか『日本人にはできない』とか、人の夢を否定するような文化があるじゃないですか。だから人にバレないように、一人でやろうって考えてここまでやって来たんです。そんな中で、両親の支えは本当に力になりました」

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