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高梨沙羅が井本直歩子に聞く、アスリートによる環境問題の取り組み方。「どうやって周りを巻き込んだらいいのか」
text by

雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKiichi Matsumoto
posted2025/02/07 11:00
雪不足を実感し、近年、環境問題に取り組む高梨沙羅さん
やれる人がやれることをやる
高梨 昨年の反省点としては、ドリンクをもらいに来ることが目的になってしまい、環境問題に対しての説明にまったく目を通さない人も多かったんです。だから今年は動線を変えて、学びの場を必ず通るようにしました。それと、今年のテーマである脱炭素のためにこれからできることを宣言として自分で紙に書いて、貼ってもらうようにしました。
井本 すごくいいアイディアだと思います。いろいろなスポーツの大会の事例を見ていると、お客さんをしっかり啓発するのを遠慮してしまう場合が多いんです。「なんか楽しく学べたらいいね」みたいな、ふわっとした形になってしまう。そこをしっかり学ばせるというポイントが潔くて素晴らしい。
高梨 私も「マイボトル持参。ジャンプ台に水くみエリアを!」と書きました。選手でもあるので、大会中はブースを作り上げるという点では力になれないんですけど、藤女子高の生徒の皆さんは活動においてはベテランだし、アイディアもすごく新鮮。こちらも学びを得て一緒にブースができているのは幸せですね。
井本 高梨さんの活動で感心するのは、周りを活かすことができている点です。やれる人がやれることをやる。自分ひとりで何でもかんでもやらなくてもいいんですよ。実務はある程度周りに任せ、アスリートは自分の影響力を使ってもらえれば、お互いにとってメリットがありますよね。
高梨 そうですね。自分ひとりでは、ここまでのスピード感では絶対にできなかったと思います。だから高校生たちが「こういうことを競技場でやりたい」とメインのテーマを一緒に考えてくれるのはすごく助かりました。あとはそれをいかに実行するか。国内試合よりもたくさんの人が集まるワールドカップがある。大きな舞台があるなら、現役アスリートとしてそれを使わない手はないかなと思いました。そこが私の選手としての発信力、影響力が生かせるところですね。
情熱を燃やす場所を失いたくない
井本 プロジェクトを立ち上げるまでのスピード感、さらに2年足らずでここまで動かせるスピード感にも驚かされました。現役のアスリートとしての苦労もあると思いますから。日本では、アスリートがきちんと学ぶということがまだまだ珍しいと思うんです。特に社会課題に対してです。栄養や筋肉のことを学ぶ人はたくさんいても、社会課題を学ぶ、それを体系的に学ぼうという高梨さんのような現役アスリートはやっぱり稀有な存在です。
高梨 自分が情熱を燃やす場所を失いたくないと思うからなんです。そのために発信するなら、現役の方が言葉に重みを感じてもらえるかもしれない。自分だけでなく、次の世代が情熱を燃やす場所を奪ってはいけないとも思うので、いま行動しなきゃいけない、発信しなきゃいけないなと。
井本 やっぱり競技のことが一番大事で、競技以外のことに興味を持ったりしたら自分の集中力が削がれる、と思う人がまだまだ多いですよ。私が現役だった頃から四半世紀経ちますけど、そこは変わらないなと感じます。実際に費やす時間は大した時間じゃないし、ゲームをやっていたら潰れてしまうぐらいのものなんですけどね。
高梨 人が集まるとそれぞれの考え方があって、地球環境の問題について考えていると「偽善だ」とか同じ意識になってくれない人も一定数いるのかなと思います。どうやったら巻き込んで一緒に活動できるんだろうと日々考えているんですけど……。
井本 本当ですね。私はいつも割り切って、全員でなくても何パーセントかの人が変わればいいと思っています。10人いたら1人ぐらいいればいいかなっていう感じで。考えが違うのも仕方ないので、こっちに引き込むんじゃなくて、違いは違いのままにして何とか妥協点を見出してくようなことができればいいんじゃないかなと。
高梨 着地点を見つけるってことですね。

