濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「泣かせてやりますよ」“負傷欠場の過去”が生んだ悲劇…上谷沙弥の“騙し討ち”でベルトを奪われた中野たむの本音「今はもう憎しみしかない」
text by

橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2025/02/02 17:00
上谷沙弥にベルトを巻き、崩れ落ちた中野たむ
「上谷は私の気持ちを、騙す手段にしたんです」
タイトルマッチは荒れ模様になった。上谷は場外戦でチェーンをたむの首に巻き付け、入場ゲートで“絞首刑”に。さらにゲートからのダイブも敢行してみせる。おそらくそれは、負傷欠場のトラウマを払拭するためだった。
「こい!」
飛ぼうとする上谷を、たむが待ち構える。上谷が飛ぶなら受け止めるだけだった。
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「私は2人の記憶を最高の形で乗り越えたかったんです。これは私と上谷の問題であって、他の人との試合で乗り越えられるものじゃないので」
たむはそう振り返った。そして続ける。
「でも、上谷はそんな私の気持ちを踏みにじった。私を騙す手段にしたんです。結局、トラウマを克服なんかしてない。弱いままなんだなって」
リングに戻ったたむは反撃を開始。コーナーからの雪崩式タイガースープレックスという超大技も出した。受身が取りにくそうに見えたが、そこまでしなければ勝てないと判断したのだろう。一方で「上谷ならこの技も受け切れる」という信頼もあったはずだ。
うずくまった上谷を見て「あの時がフラッシュバックしました」
だが、ここで異変が起きる。上谷がうずくまったまま立ち上がれない。
「あの時がフラッシュバックしました」とたむ。ヒジを脱臼した上谷の呻き声が蘇った。というより、呻き声はあの時からずっと耳にこびりついて離れなかった。
レフェリーがリングドクターを呼び寄せる。続行可能かどうかを確かめようとした瞬間、上谷は顔面蒼白のたむに襲いかかった。“罪の意識”を逆手に取っての騙し討ち。大技ラッシュに、たむはなす術なく3カウントを聞いた。
誰もが呆気にとられるしかない王座移動劇。高笑いの上谷は、たむにベルトを巻けと要求した。かつて“白いベルト”ワンダー王座がたむから上谷に移動した時には、たむが自ら上谷の腰にベルトを巻いた。そこには師匠と弟子の美しい関係があった。
だが、今やそれは消え失せた。「屈辱を忘れないため、上谷を憎み続けるため」たむは赤いベルトを上谷に巻いた。
「今はもう上谷に対して憎しみしかないです。ベルトは必ず私が取り戻す。そして泣かせてやりますよ。“今日はお前を泣かせに来た”って言ってやります」





