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「泣かせてやりますよ」“負傷欠場の過去”が生んだ悲劇…上谷沙弥の“騙し討ち”でベルトを奪われた中野たむの本音「今はもう憎しみしかない」
posted2025/02/02 17:00

上谷沙弥にベルトを巻き、崩れ落ちた中野たむ
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Norihiro Hashimoto
タイトルマッチの主役はチャレンジャーだとよく言われる。挑戦権を得るまでの軌跡、チャンピオンとの因縁、ベルトへの執念など、ありとあらゆる思いを爆発させる場がタイトルマッチだ。
そんな挑戦者の思いをすべて受け止め、その上で勝つからチャンピオンは尊敬される。チャレンジャーが主役なら、チャンピオンはリング上にドラマを描き出す演出家と言ってもいい。
2024年12月29日の中野たむも、そんなチャンピオンであろうとした。その結果、ベルトを失うことになるのだが。
2023年のたむ戦で、上谷は負傷した
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この日、行われたのはスターダム年間最大の興行である両国国技館大会。たむは団体の頂点“赤いベルト”ことワールド・オブ・スターダム王座をかけてメインイベントのリングに立ち、屈辱的な敗北を喫した。
挑戦者は上谷沙弥。ヒール転向で話題になった選手だ。所属ユニットの事実上の解体、サイン会でファンから「今日は泣かせに来た」と心ない言葉をぶつけられたことなど悲劇的な経験が重なり、その果ての“闇堕ち”。
全身黒のコスチューム、ファンを「しもべ」と呼び、対戦相手に反則攻撃を喰らわせてサディスティックに微笑む。その姿はまさに新境地だった。
上谷がたむを狙ったのは、“赤いベルト”を巻くためだけではなかった。2023年、シングルリーグ戦の開幕試合で上谷はたむと対戦。照明用のヤグラからボディアタックを放ったが、着地の際にヒジを脱臼している。リーグ戦はもちろん、その後も長期欠場を余儀なくされた。
ヒールとなった上谷は、この負傷を「中野たむが受け止めなかったから」だと意味付けた。たむも上谷の挑発に怒りを募らせる。ただ、挑戦者への感情は憎しみだけではなかった。
かつては“師弟関係”だった2人
たむは大一番が近づくと、X(旧Twitter)で対戦相手との思い出を振り返ることが恒例になっている。
「ファンに対戦相手との歴史を知ってほしいというのもあるんですけど、一番は自分の気持ちを整理したり高めるためです。
どういう気持ちで試合に臨むかで、自分の強さも違ってくる。殺気も出ますね。でも逆効果の場合もあります。自分の感情が憎しみなのか愛なのか分からなくなることもあるんですよ。もしかしたら今回がそうだったのかもしれない」
上谷はかつて、たむを「師匠」と呼んでいた。たむはアイドル出身。スターダム発のアイドルユニットも手がけた。そのメンバーだった上谷をプロレスに誘ってもいる。たむによって、上谷の人生は変わった。
そこに“負い目”がなかったと言ったら嘘になる。もともと繊細な性格の上谷を、タフでなければやっていけないプロレスの世界に引き込んでよかったのか。過去を振り返ることで、そんな思いも増幅されていった。
「だから私は上谷に弱いのかなって。そのことを凄く感じちゃいましたね。シングルで9戦して負け越してるんです。今回も負い目とか愛情が吹っ切れなかった。そこにつけ込まれて負けました」