- #1
- #2
Number ExBACK NUMBER
「しんどいのは嫌いだったから…」陸上推薦で高校進学も1年で退部…元“根性ナシ”だった32歳の山本良幸が『SASUKE』で「黒虎のエース」になるまで
posted2024/12/25 11:02
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
NumberWeb
おかんが言った。
「よしゆき、これ何周目やねん。もうええで」
少年がテレビで繰り返し観ていたのは、TBSのスポーツバラエティ番組『SASUKE』を録画したビデオテープだった。戦隊ものにあこがれ、仮面ライダーを経由し、そのあこがれは小学校に入学する頃には超巨大アスレチックに挑む大人たちに移っていた。
ADVERTISEMENT
学校から帰る。SASUKEを再生する。母親が夕飯の買い物に出かけて帰ってくると、家を出た時と同じ場面がまた流れている。大げさではなく同じ放送を100回は繰り返し観た。
「ほんまにちっちゃい時から家族全員が好きで初期から観てたんですよ。めちゃくちゃ記憶に残ってるのは山田さんの第6回大会ですかね。サードステージのパイプスライダーで落ちたあのへんから僕のSASUKEは始まったんです」
いまも記憶に残る山田勝己の「雄姿」
少年の名前は山本良幸。あれから25年近く経ち、32歳となった山本は当時を懐かしそうに振り返った。
2000年9月放送の第6回大会といえば、ミスターSASUKEこと山田勝己である。自宅にセットを自作し、職を失ってまでSASUKEに打ち込んだ番組の象徴的存在。最後の着地を決めればファイナルステージ進出というところで、着地台に飛び乗ったところで右にバランスを崩し、ころりと地面に落下してしまった。
「また観てるんかと言いながら家族もSASUKE好きを受け止めてくれてましたね。『思いっきりジャンプしなくてはいけないぞ。距離があります。だーー!!っと』っていう古館さんの実況を両親もテレビに合わせて一緒に言うみたいな感じで」
高学年になると友達と近所の公園でSASUKEごっこをして遊んだ。遊具をエリアに見立ててステージを作るのだ。こっちがファースト、こっちがファイナル、あそこがクリアのスイッチと決めて夕方まで走り回った。
ところが、その熱は中学に入ると一気に冷めていく。SASUKEの視聴回数は、「録画はしてたけど2回観たかな?」という程度になった。