ぼくらのプロレス(再)入門BACK NUMBER
「先輩方はキャバレー回りから始めて…」クラッシュ・ギャルズはいかに女子プロレスを“変えた”のか? ライオネス飛鳥が抱いた「時代を壊したい」という夢
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byAFLO
posted2024/12/16 11:03
ライオネス飛鳥が振り返る“クラッシュ・ギャルズという社会現象”
飛鳥 ビューティ・ペアがいたからこそ、私たちがいて。私たちを見てアジャ(コング)たちがいて、アジャたちを見て次が入ってきて、そうやって歴史をつないでいって今があるので。それより前の世代のマッハ文朱さんや赤城マリ子さんにも感謝していますけど、女子プロレスを世の中の表舞台に出して、存在価値を作ってくれたのがビューティ・ペアだから、やっぱりすごいなって思います。
クラッシュ・ギャルズはなぜ“社会現象”になったか?
玉袋 ビューティ・ペアなくして、その後の女子プロレスはないわけだもんね。ただ、それでもクラッシュ・ギャルズはビューティ・ペアブームを全部凌駕したっていう気持ちがボクにはあるんですよ。
飛鳥 ありがとうございます。時代もありますよね。バブルの時期だったし。
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玉袋 プロレス版・宝塚だった女子プロの概念を全部ひっくり返したのがクラッシュ・ギャルズだと思いますよ。
飛鳥 今になってファンの子たちに当時の気持ちを聞いたりすると、クラッシュの試合を見ることで、いじめや家庭の問題なんかにも向かっていける勇気が出たっていうような話が多いんですよ。頑張って良かったなって思いますね。
椎名 熱狂度がすごかったですもん。
玉袋 あと歌の歌詞で「俺たち」ってフレーズが出てくることで、あの頃からすでにジェンダーフリーだったから。
飛鳥 デビュー当時の曲は「俺たち」って出てくるんですよね(笑)。
ガンツ 70年代までは「女は女らしくなきゃいけない」っていう時代ですもんね。80年代前半、女の子たちがクラッシュを見てカッコいい女に憧れたっていう。
玉袋 女性の時代の先駆けだよ。それで社会現象になったんだから。
女子プロレス黎明期の“キャバレー回り”
ガンツ プロレス界で言うと、「プロレス」と「女子プロレス」って、それまでは別物扱いだったんですよね。「女子プロはあくまで女子プロであって、プロレスじゃない」みたいな感じだったのが、クラッシュ・ギャルズから同じ「プロレス」になって、プロレス雑誌にも毎号女子プロレスが載るようになったという。
飛鳥 そういう意味では嬉しいですね。当時は女子プロレスに市民権を得たいっていう気持ちでやっていたので。
椎名 プロスポーツ選手としての尊敬も欲しいですもんね。
玉袋 俺の親父たちが見に行っていた頃の女子プロレスは、セクハラの対象でしかなかったから。