- #1
- #2
野球クロスロードBACK NUMBER
誰もが「プロは無理」から“奇跡”のドラフト6位…大学は推薦漏れ→BCリーグ挑戦で掴んだ夢 阪神・湯浅京己(25歳)「遠回りの野球人生」
posted2024/10/26 11:02
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph by
(L)Genki Taguchi、(R)Nanae Suzuki
悔しさを右腕に宿す。
これを打ち消すためには、仲間のために1球、1球、全力で腕を振るしかないのだと、湯浅京己は自分に言い聞かせていた――彼のボールを目の当たりにした者たちは、誰もがそのような意志を感じ取っていた。
2017年夏。福島大会で聖光学院の背番号18を付けながら甲子園ではベンチ入りできなかった湯浅は、「最強のバッティングピッチャー」とチームを唸らせるほど豪快に、そして献身的にボールを投げ続けた。
このとき、すでに「4年後」の未来を見据えていた。そして、甲子園が終わって間もなく、第一志望である早稲田大の練習会に参加した湯浅は、ここでも“最強”を披露する。
練習会でのパフォーマンスを知る監督の斎藤智也は、「自分の生徒だからとか、お世辞抜きに圧巻だった」と舌を巻く。
「全国の強豪校から選手が勢ぞろいしたなか、湯浅のピッチングが一番だと思ったね。早稲田さんに『ありだな』って思ってもらえるほどの手応えは俺もあったし、湯浅にも当然あったと思うんだ」
大学のトライアウトで好投も、結果はまさかの…
早稲田大野球部の特別推薦枠はたった数名。聖光学院には、10年春に東京六大学リーグで首位打者となった渡邊侑也や、有原航平(ソフトバンク)らとともに主戦投手を担った横山貴明(元楽天)が、この狭き門を突破した実績がある。いくら湯浅が甲子園でメンバー入りできなかったなど高校時代の実績に乏しいとはいえ、斎藤は力は証明できたと感じていた。
だが、湯浅はその数名に入れなかった。
早稲田大に入るためにはAO入試を受験しなければならなくなったわけだが、斎藤が大学側から聞いたところによると「合格は五分五分」。指導者としては「不合格」のリスクを最優先に考え、「受けるのは自由だけど、入れるかどうかわからない」と現実を知らせるのは、当然の親心でもあった。