「最強でもなんでもなかった」引退試合後に語った言葉

　試合後の引退セレモニーでは、こんな言葉が印象的だった。

「お父さん、天才とも才能があるとも言われなかった私を強くしてくれてありがとう」

「格闘家として勝ったり負けたりで最強でもなんでもなかったんですけど、みなさんの応援が力になりました」

　何も強がるところがない、誠実な言葉だった。試合数が多いということは、それだけ自分の強さと弱さに向き合う機会が多かったはずだ。自分は特別な才能のあるスーパースターではない。だから必死にやるしかなく、必死で格闘技に没頭できないのなら引退するしかないと彼女は考えた。

　格闘技漬けの人生、おそらく捨てたもの、諦めたものもあったのではないか。インタビュースペースで、これまで経験したことがなく、これからしてみたいことを聞いてみた。

「なんですかね？ ちゃんと化粧して出かけてみたいかな（笑）」

浅倉カンナが持っていた“目に見えない才能”

　格闘技のない生活、練習しなくてもいい日々がどんなものか、まだ想像もつかない。榊原は、選手とは違う形で格闘技に携わってほしいと考えているようだ。

　何をするにしても、浅倉カンナは格闘技でそうしたように全力で取り組むだろう。そして周囲の人間に、そのひたむきさを愛されるはずだ。

　格闘技の才能がなかったと本人は言う。けれど彼女は実直で誠実で、人に愛される才能があった。気持ちと同じで目には見えないが、間違いなく存在する類稀な力だった。

「試合が終わった瞬間は悔しかったですけど、この試合までの期間、全力で格闘技をやってきたので悔いはないです」

　浅倉カンナは笑顔で格闘技キャリアを終えた。だから我々も、お疲れ様でしたと心から言える。そう言わせてくれてありがとう、とも思う。