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「元は翔平みたいな二刀流だった」DeNAジャクソン投手が横浜でチャンスをつかめたわけは…「バウアーにも話を聞いた」研究熱心さとロン毛の理由
text by
石塚隆Takashi Ishizuka
photograph byJIJI PRESS
posted2024/07/29 11:01
ワイルドな長髪をなびかせる姿もすっかりお馴染みになってきたDeNAジャクソン投手
ジャクソンは2017年のドラフトにおいて12巡目(全体370位)でドジャースから指名され、ユタ大学から名門チームへ入団した。そこでの経験は、現在の自分を形成するすべてだったとジャクソンは言う。
「翔平みたいな二刀流だったんですよ」
「じつはカレッジ時代、僕は野手で、ピッチャーとしては20イニングぐらいしか投げていなかったんです。それでもピッチャーとして育ててくれたので、ドジャースに所属していなかったら今の自分は100パーセントいません。球種やフォームはもちろん、ピッチャーとして状況をどのように理解するのか学びましたし、優秀なコーチや仲間の手助け、またそこでの努力が現在へと繋がっているんです」
ひとつ確認したいことがあった。ジャクソンはハイスクール時代、2014年のドラフトでテキサス・レンジャーズから32巡目(全体966位)で指名されていたが、これを断り大学に進学している。どうしてかと尋ねると、ジャクソンは笑みを浮かべ答えた。
「さっきも言ったように当時僕は野手で、もっと打ちたいと思っていたんです。けど、レンジャーズはピッチャーとして考えているって言いました。そこで交渉をして野手でダメだったら、その後ピッチャーをやろうという話になったんですけど、これは契約書にサインをしたらすぐにピッチャーをやらされるなと思って断ったんだよ」
意外な理由だった。ジャクソンは「今じゃバッティングはぜんぜんだけどね」と恥ずかしそうに顔をしかめた。
「でもハイスクール時代はいい打者だったんだよ。4割5分ぐらい打っていたからね。まあ、カレッジに行ったら、ピッチャーのボールが速くて、同じように打てなかったけど。それにハイスクール時代はピッチャーとして9イニングぐらいしか投げていなくて、そこでピッチャーだと言われても、うーん、どうかなってね。まあ、肩は強くて、高校時代も95マイル(約153キロ)ぐらい球速が出ていたし、ピッチャーとしても基礎もなく、伸びしろが多いと思ってくれたんだろうね。だからわたしも元々は大谷翔平選手みたいに二刀流だったんですよ」
そう言うとジャクソンは愉快そうな様子を見せた。
2021年にMLBデビューを果たすと、ドジャースではリリーバーとして投げ、2023年シーズン途中にピッツバーグ・パイレーツに移籍し、そして今季DeNAにたどり着いた。