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「卓球が面白くなくなって」伊藤美誠が明かす“パリ五輪選考”へのジレンマ「小学生に勝っても中国人選手に勝ってもポイント同じは変だなと…」
posted2024/07/09 11:03
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph by
Kiichi Matsumoto
【初出:発売中のNumber1099号[大魔王の逆襲]伊藤美誠「やっぱり私は中国人選手に勝ちたいんです」より一部を抜粋してお届けします】
やめるのか、パリを目指すのか…
静岡県・磐田卓球場ラリーナ。
卓球台が12台並ぶ広々とした空間の中、カーテンを閉め切り、集中して練習が行われていた。時々、強風が木々を揺らす音が聞こえてくる。伊藤美誠は今、大阪と磐田を練習拠点にしている。
「磐田は、風が強いんですよねぇ」
何気なくそういった表情は、2022年の夏の頃とは異なり、柔和で優しく、とてもリラックスしているように見えた。
「パリ」の目標に思考も体も追いついていなかった。
「すぐにでも練習をしたい。中国人選手に勝って個人で優勝したい。五輪が終わっても毎日、卓球のことを考えています」
東京五輪で金銀銅の3つのメダルを獲った後、伊藤は嬉々とした表情でそう語り、次に向けてすでに気持ちが動いていた。
ところが、それからわずか7カ月後、現役続行か引退かを決断するところまで追い込まれた。2022年1月、全日本選手権で優勝したが、3月の第1回のパリ五輪選考会は準々決勝で長崎美柚に敗れた。そのままシンガポールスマッシュに出場するもベスト16で敗退。その試合を見た母親から「このままダラダラしていても中途半端になるだけ。やめるか、パリを目指すのか、どっちかに決めなさい」と最後通告が出された。この時、伊藤は「やる」と決めたのだが……。
「自分でもダラダラやるのは嫌でしたし、ここでやめられないと思ったので、やろうと決めたんですけど……。でも、わざと自分をそう奮い立たせている感じで、パリという目標に対して思考も体も追いついていない感じだったんです」
伊藤のモチベーションを落としたパリ五輪選考方法
“伊藤美誠”という大魔王は、誰も真似できない厳しい練習を毎日こなして自信を深め、目標を達成するという強い意志がともなって初めて姿を現す。無理やり矢印をパリに向けたところで自分の気持ちがそこに向かっていなければ、苦しむことは分かっていた。しかし、周囲の期待や応援を裏切ることができず、中途半端で終われない自分もいたのでやめるわけにはいかない。大きなジレンマを抱えて伊藤は、パリへの道を行軍しなければならなかった。