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将棋PRESSBACK NUMBER
藤井聡太と伊藤匠の表情が一変した“ある質問”…伊藤匠「新叡王」誕生、“テレビに映らなかった”舞台裏「すごく汗をかいていて…」
posted2024/06/22 17:03
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph by
Keiji Ishikawa
頭をよぎった去年秋の逆転劇
その瞬間を待つテレビクルーはこうつぶやく。
「何があるか分からない。ほら去年の秋も、そうだったよね」
去年の秋――王座戦第4局。2023年10月11日、京都で行われた八冠決定の対局である。藤井の2勝1敗で迎えた一局は永瀬拓矢王座(当時)が藤井相手に抜群の指し回しでタイに持ち込むかと見られたが、藤井が仕掛けた一手で形勢が一気に大逆転。その対局を想起する人がいたとしても、不思議ではない。
しかし、いま対局場「九重」で起きている展開はむしろ、5月2日に行われた叡王戦第3局に近いのかもしれない。
藤井の地元である愛知県・名古屋市の東急ホテルで開催された一局は、ABEMAで解説した中村太地八段も〈藤井叡王がやや抜け出しそうになったところ、伊藤七段が競り合った末に抜け出して逆転勝利を飾った〉とNumberWebで解説しているように、伊藤が終盤の競り合いで藤井より一歩先に抜けての勝利となった。
18時32分 藤井八冠、投了
本局も、そのリプレイを見るかのようだった。
王座戦第4局、叡王戦第3局と同じく、藤井は最終盤で逆転への手がかりを手繰り寄せようとしていた。それでも伊藤は1分将棋の中でも一手一手、丁寧にかわしていく。藤井の評価値が〈1%〉を示した辺りから、控室にはこんな言葉も漏れ出てきた。
「先手番の藤井に2勝するとは……」
飲み水に2度口をつけた八冠が20秒を残し、頭を下げる。18時32分。藤井の八冠独占が崩れる瞬間までの数分間は、静かな空気が流れていた。
ここから記者陣は対局場へと向かう。夏至前日ということもあってまだ明るさが残る中、鯉が泳ぎ、あじさいの咲く庭園を抜けて「九重」へとたどりつく。
藤井聡太は長考を続けていた
約8畳と12.5畳の和室に到着すると、一瞬肌寒く感じるような少しひんやりとした空間が広がっていた。