フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
“禁止技”バックフリップは解禁されるのか? 話題のシャオ・イム・ファが「後悔はしなかった」と語った理由…会場で聞いた「専門家たちの意見」
posted2024/04/02 17:21
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph by
JIJI PRESS
凄いものを見せてもらった。3月23日にベルセンターで行われたモントリオール世界選手権の男子フリーはそれが率直な感想だった。
SP3位スタートだったイリア・マリニンは、SP後の会見で少し浮かない表情を見せていた。「この大会に来る前の数週間は怪我もあり、一時は欠場することも考えたんです」と発言し、「でもあまり具体的なことは言いたくありません」と言葉を濁した。
フリーでの4アクセルについて聞かれると、今は身体のことが優先なのでやるつもりはない、と答えた。
だがそのマリニンが2日後にフリーの最終滑走で氷上に立った時、彼の表情が刻一刻と変化していく様子がよく見てとれた。アスリートがいわゆる「ゾーン」と呼ばれる集中した状態に入っていく時の眼差しだった。
「とてつもない点が出る」という予感
冒頭の4アクセルがきれいに決まると、歓声が轟いた。続いて4ルッツ、4ループ、4サルコウ、後半では4ルッツ+1オイラー+3フリップ、4+3トウループ、コレオシークエンスに入る頃には、もはや会場中が拍手と歓声に包まれて音楽が聞こえなかった。
スピンコンビネーションで演技を終えると我に返ったかのように「信じられない」という表情を見せ、両手で頭を抱えると糸が切れたかのようにすとん、と氷の上に倒れた。
これはとてつもない点が出るだろう。誰もがそう予想していたが、フリー227.79の点が表示された瞬間、マリニン本人も大きく口を開けて驚きを表現した。かつてネイサン・チェンが保持していたフリーの世界記録の更新である。
総合333.76。まるでこの演技を見せるために彼に最終滑走が回ってきたのか、と思わせるようなドラマチックな展開だった。
「今はショック状態です。ここ何週間かはきちんとトレーニングができなくて、でもこれまで積んできたトレーニングを信じて滑りました」
「頭の中で、何が起きても闘い続けなくては、積み上げてきたトレーニングと筋肉の記憶を信じて頑張らなくてはならない、という小さな声がしたんです」
王道の滑りを見せた鍵山優真
マリニンの前に滑走だった鍵山優真は、4サルコウから演技を開始した。「Rain,in Your Black Eyes」は名振付師のローリー・ニコルが振付をし、怪我のあった昨シーズンから引き継いだプログラムである。
持ち前のブレードが氷に吸い付くような滑らかなスケーティングで、4フリップ、4トウループ+1オイラー+3サルコウと丁寧に降りていった。後半、2度目の3アクセルでいったん着氷するもブレードが抜けて転倒したのが唯一大きなミス。後半の見せ場であるステップシークエンスは見ていて爽快感があり、これぞフィギュアスケート、という王道の滑りだった。スケーティングスキルは全選手の中でトップの評価だったが、ジャンプの点差は厳しく、総合309.65とマリニンと24.11ポイントの差がついた。