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甲子園の風BACK NUMBER
「伝説の延長17回」PL4番の長男が“宿敵”横浜に入学していた! 新1年生・古畑雄大が明かす「横浜を選んだワケ」「父の試合をビデオで見て…」
posted2024/04/01 11:01
text by
内田勝治Katsuharu Uchida
photograph by
Katsuharu Uchida
今年の横浜高校の新入生は史上最強――。SNS上では、早くもそんな類いの書き込みが目立つ。聞けば、北は宮城から、南は沖縄まで、中学野球界で名をはせた26人の精鋭が推薦入試を突破したという。
その新入生の中に、どこか見覚えのある名字がある。
「古畑雄大」
小学生の時に見た伝説の「延長17回の死闘」
熱心な高校野球ファンならもうお分かりだろう。1998年夏の甲子園準々決勝。横浜高とPL学園の延長17回の死闘で、PLの4番を打っていた古畑和彦さんの長男だ。あの夏から26年。父のライバルであり続けた、あの松坂大輔さんらを輩出した「YOKOHAMA」のユニホームを、今春からその息子が纏うことになろうとは、誰が予想しただろうか。雄大本人が幼少期を振り返る。
「小学生の低学年くらいの頃に、横浜とPLの試合のビデオを初めて見ました。普通に17回やっていたので、びっくりしました。僕も4番を打っていたので分かるんですけど、やはり4番となると、ピッチャーも他のバッターより厳しく攻めたり、ギアを上げたりしてきます。松坂さんは、お父さんに凄いライバル心というか、絶対抑えてやるという感じに見えました。(進学先が)横浜に決まってからも、あの時のビデオを結構見ています」
宮本慎也からのアドバイス
延長10回からタイブレークとなる現代の高校野球では考えられない、もはや伝説となった3時間37分の真夏のドラマに釘付けとなった雄大少年が野球に没頭するようになるまで、そう時間はかからなかった。小学1年から野球を始め、東京都内の学童野球チーム「深川ジャイアンツ」で活躍。6年時には東京ヤクルトスワローズジュニアに選出され、12球団ジュニアトーナメントでは、神宮球場に設置されたジュニア用の70メートルのフェンスを軽々と越える本塁打を2本放つなど、規格外のパワーを見せつけ、日本一に貢献した。