村山は東京の将棋会館でも棋士たちが研究する部屋によく行ったが、端に座って眺めているだけだった。村山の終盤力を知っている棋士が、検討している終盤の局面で詰みの有無を尋ねると、村山は少し考えてから「詰みます」とだけ言った。その棋士が「どうやって詰むのか教えてくださいよ」とたびたび言うと、村山は「どうやったら詰まないんですか」。この一言で村山の存在感は確かなものになった。

東京・将棋会館でも村山聖の名は鳴り響いた　©BUNGEISHUNJU

羽生名人に勝った生涯の名局と、ガン発覚

　村山は東京でも人気者で、棋士たちと麻雀を打ったり居酒屋で飲んだ（赤ワイン好き）。同世代の先崎学（現九段）とは本音で語り合った。先崎に恋人がいるのを知った村山は、「先崎くんはいいなあ。僕の夢のひとつは、素敵な恋をして結婚すること」と言うと、先崎は「きっといい人が見つかるよ」と応じた。しかし「こんな体じゃ駄目だ。死ぬまでに女を抱いてみたい……」という村山の嘆きに、先崎は返す言葉がなかった。

1996年の村山　※村上の父からの提供写真

　村山八段は各棋戦で活躍した。中でも1997年2月に竜王戦で羽生名人に勝った将棋は、中盤で△7五飛と浮いたのが絶妙手で生涯の名局となった。ただ96年度の2期目となるA級順位戦では、体調の悪化もあって3勝6敗で降級した。

　さらに最悪の知らせがあった。広島大学付属病院での精密検査の結果、膀胱ガンが発覚したのだ。

　主治医は摘出手術をしないと、余命半年と診断した。村山は生殖機能を失う怖れから拒否したが、生きていくために1997年6月中旬に手術を受けた。8時間に及ぶ大手術は成功し、1週間後には自力で歩き出した。公式戦の対局は無理だと思われたが、村山は休場届を出さなかった。主治医の反対を押し切り、病院から東西の対局場に行った。

A級復帰を決めたB1順位戦、田丸は対局相手だった

　97年7月14日、村山八段はB級1組順位戦で丸山忠久七段と対戦した。関西将棋会館へは元看護師の女性が付き添い、万一のために別室で待機した。終局が深夜1時43分に及ぶ死闘となり、173手もの長手数の末に村山は敗れた。肉体と魂を燃やし尽くした激闘譜だった。

　98年2月13日、村山八段はB級1組順位戦で私こと田丸八段と対戦した。私は同年の最初の対局だったので和服を着用して臨んだ。

【次ページ】　今わの際に、棋譜をつぶやき…