「そこに関しては、年齢が上がるにつれて、余裕がだいぶなくなっていったなと自覚しています。昇段規定が8連勝、12勝4敗などかなり厳しいハードルであることに加えて、下の世代が、本当に強かったんですよね。今でいう永瀬さんの世代が奨励会に入ってきて……いや、入る前に指す機会もあったのですが〈小学生でこんなに強いのか〉と感じたんです」

2010年、四段になった直後の永瀬（当時17歳） ©Kyodo News

　年上だけでない。年下の“未来のトップ棋士”の姿にも栗尾は衝撃を受けた。永瀬拓矢九段や佐々木勇気八段、高見泰地七段ら、当時の奨励会には後のタイトル経験者やA級棋士がひしめく状況となった。特に印象に残っているのは――藤井の八冠ロードで最後の砦となった――永瀬の、幼い頃から今にも通じる姿勢だった。

「対局している時の姿勢がいい意味で、すでに小学生っぽくなかったんですよね」

気づけば踏み込めない“怖さ”が出てきてしまった

　栗尾の将棋教室を見ていると、子供たちはある程度盤面に集中する時間帯がある。ただやはりそこは子供らしい無邪気さで、わいわいとした雰囲気になるのが普通だ。だが……。

「集中度合いというか、盤面にのめり込んでいる様子が〈あ、これは強くなる子だな〉という雰囲気だったんです。なおかつ実際に指してみても、しっかりと強いし、手ごわいと感じさせるほどでした。今でも子供と指しているときに、永瀬さんのような2つの要素を少しでも感じると〈だいぶ強くなるだろうな〉と思っているんです」

23年王座戦第1局での永瀬－藤井　©Takuya Sugiyama

　新たな才能たちが奨励会に入ってきたことで、当初はなかった感情が栗尾の中に芽生え始めた。

　焦りである。

「五分くらい星を取れるという自負はあった一方で、永瀬さんや佐々木さん、高見さんだけでなく三枚堂（達也）さんに八代弥さん、石田直裕さん、阿部光瑠くんに増田康宏くん、渡辺大夢くん……この人たちと連続で当たって勝ち続けられるんだろうか。そう弱気になったり、焦った部分はありました。それが手にも出てしまって、最後の秒読みで迷ったとき、勝ちなのに踏み込めないなど〈怖さ〉が徐々に出始めてしまったのだと思います」

奨励会を辞めてから…実は考えてなかったんです

　プロの世界に身を置く彼らとしのぎを削ったのち、栗尾が奨励会を退会したのは、22歳のことだった。

「奨励会をやめた後のこと……いや、辞めてからも実はそんなに考えてなかったんです」

　そのような心境だった栗尾が心に1つ決めていたのは「好きなことをやろう」ということだった。その際にあった選択肢は2つ。

　1つは公認会計士、そしてもう1つがお笑い芸人だった。

＜第2回に続く＞