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大相撲PRESSBACK NUMBER
「大相撲の世界で“勉強したい”はタブーだった」中卒の幕下力士が経験した暗黙のオキテ…8度改名、大神風が引退し警備員になるまで
text by
齋藤裕Yu Saito
photograph byTadashi Hosoda
posted2023/12/17 17:05
「大神風」などの四股名で相撲道を突き進んだ前田一輝さん。力士としての日々と引退した後の生活を振り返った
2009年からは部屋を継承した現在の高田川親方(元関脇・安芸乃島)の指導を受ける。つらい稽古に耐えながら、2012年には自身最高位の幕下32枚目に到達。ただ、幕下力士として1場所ごとの手当は15万円ほど。引退後の生活も安泰とは言い難い。当時は関取という絶対的な目標があったため、引退後のビジョンは「なんとなく相撲の仕事」。一方で勉強が嫌いではなかった青年は通信制の学校に通う計画をたてた。
しかし、当時はまだ「勉強する暇あるなら稽古しろ」という雰囲気が周囲に充満していた。そんな状況で通信制に通う許可が出たのは、意外なきっかけだった。
「師匠がたまたま知人から『通信の学校がある』と言われたみたいで。師匠から声をかけていただきました。僕の他に部屋で十人ほど行きたいって希望者が殺到しました。やっぱりみんな行きたい、何かしてみたい、という考えはあったのか思います」
どのみちいつかは辞めなきゃいけない
ただ、15歳で入門したばかりの若い力士は入学しないことが多かった。将来性のある世代こそ「相撲に専念すべき」という考えがまだ色濃く残っていた。
「僕は内心、別にええやん、勉強して損なことないやん、と違和感を抱いていました。でも勉強したいと、どこか言い出しづらい空気があったんじゃないかと思います」
通信制の高校を卒業し、高卒資格を取得。20代も半ばになると、自分自身の素質などが内心わかってきており、自身の立ち位置が見えてくる。十両以上の関取として5年以上務めなければ、親方として定年まで協会には残れない。「どのみちいつかは辞めなきゃいけない」と悟っていた28歳。通算261勝252敗。自身にまだ可能性を感じながらも2016年11月場所を最後に土俵の世界を降りた。頼ったのは生まれ故郷だった。