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『クレイジージャーニー』密着に「カメラを出すな。撃たれる可能性がある」…ミャンマーの危険すぎる格闘技に復帰、渡慶次幸平「映らなかった本当の姿」
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占部哲也(東京中日スポーツ)Tetsuya Urabe
photograph byTetsuya Urabe
posted2023/11/16 17:01
11月13日放送の『クレイジージャーニー』に登場した「ラウェイ」格闘家の渡慶次幸平。ミャンマー凱旋を本人・関係者の証言で振り返る
5年前の冬――。ラウェイ王者となった試合翌日に、山奥の学校へ文房具を届ける活動に参加し、ミャンマーの衝撃的な光景を目にした。「学校には壁がなくて、雨水で床は腐っていた。子どもたちに夢を聞いても、言えない。例えば竹を切る、コイのえさを売るとか親の仕事を継ぐだけ。放置されていた」。誰も手を差し伸べない。「困っている人が目の前にいるのにやらない理由はない。オレがやる」。恩ある国の子どもたちが生きる未来を、後に不屈の「岩男」となるチャンピオンが諦めるわけにはいかなった。
武器庫や基地になってないといいんですけどね
1校の再建で約200万円が必要だと聞き、翌2019年に右拳の骨折を隠しながら、5戦(3勝1分け1敗)のファイトマネーを蓄えた。テレビ出演料、クラウドファンディングを含め500万円以上を寄付、3校の再建に充てた。
「徳」を積んだが、学校の完成を現地で見る前にクーデター、コロナ禍が襲う。この3年半、ミャンマー行きが浮上しては何度も流れた。自身が現地に行けない期間、ミャンマーに向かう知人に数十万円を託していた。渡慶次がため息をつきながら「学校は開校したと聞いたけど、武器庫や基地になってないといいんですけどね」とこぼす姿を何度か見てきた。「自分の目で見ないと本当のところは分からないですから」とも言った。学校訪問前日まで、心の片隅に不安や恐怖が最後まで残っていたのかもしれない。
「ホームレスの時、トイレで爆睡した人間が、ミャンマーに行ってからずっと寝られなかったですからね」
1年前には銃撃戦があった
激闘から一夜明けた2023年8月21日、ついに学校訪問が実現した。ヤンゴンから車で1時間強の場所に切望した場所はあった。ディレクターの龍は証言する。
「途中から道は高速道路の1本だけ。両脇は木しかなくて本当に何もない。1年前まではゲリラが林から出てきて銃撃戦があったと聞きました。高速道路から四駆でしかいけない土の道を行き、小さな建物が1つ、2つあった後に学校が見えてきた。本当に周りには何もない……というか木しか見えない。生徒たちの家はどこにあるのだろうと不思議に思うほどでした」
貧困は思考を停止させます
悪路と同じくボコボコに腫れた渡慶次の顔が晴れた。車から降りると、子どもたちが手を振って出迎えてくれた。「前回来たときと笑顔が変わってなくてホッとした」。そして、大きな変化が待っていた。夢を語ることができなかった児童たちが「エンジニア」「弁護士」「サッカー選手」「ドクター」となりたい職業を口にした。新ニックネーム「岩男になりたい」と話した少年は1人だけだったが、“岩男”本人はうれしさを含みながらも冷静に解説した。