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「小3の藤井聡太くんを大泣きさせた」伊藤匠20歳が竜王戦挑戦者に「その度に自分が情けなく思えたが…」17歳時の予言とは〈滝藤賢一似も話題〉
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph by日本将棋連盟
posted2023/08/19 11:00
竜王戦挑戦者へと駆け上がった伊藤匠新七段。藤井聡太竜王との若き才能の対決に注目が集まる
伊藤は5歳で将棋を覚え、東京都世田谷区・三軒茶屋の将棋クラブに通って腕を磨いた。
2012年1月の小学3年のとき、ある小学生大会の準決勝で藤井と対戦して勝つと、藤井はわんわんと泣き続けた。このエピソードは「藤井を大泣きさせた」として有名だが、伊藤は当時のことはあまり記憶していないという。
伊藤は2013年9月、前記の将棋クラブ師範である宮田利男八段の門下で、奨励会(棋士養成機関)に6級で入会した。藤井より1年後れで、以後の昇進ペースでも大きく引き離された。藤井が2016年10月に最年少記録の14歳2カ月で四段に昇段して棋士になったとき、伊藤はまだ初段だった。
2018年2月に朝日杯将棋オープン戦の準決勝・決勝の対局が都内ホールで行われ、藤井七段は羽生善治竜王、広瀬八段を連破して、中学生として初の棋戦優勝を果たした。その対局で記録係を務めたのが伊藤三段で、多くの観客や報道陣に注目された藤井を複雑な思いで見ていたことだろう。
四段昇段の際に記した「彼」に対する意識
伊藤は2020年10月、四段に昇段して17歳で棋士になった。当時の心境を『将棋世界』誌に「四段昇段の記」として書いた。その一節を紹介する。
《初段の時に同学年の棋士が誕生した。そこからの彼の活躍は凄まじく、こちらも意識せざるを得なかった。彼はいつ見ても勝っていて、その度に自分が情けなく思えたが、早く上がらなければ、と刺激になった。いまはだいぶ離されているが、いつか大きな舞台で対戦してみたいと思う》
それから3年後。伊藤は「彼」こと藤井と、竜王戦の大舞台での対戦が叶った。
伊藤はいつも冷静沈着な印象があり、それは藤井の影響が大きいという。容貌は俳優の滝藤賢一に似ている。愛称は「たっくん」。
盤上を離れると中日ドラゴンズのファン
日常生活では、おしゃれな服を着たり、美味しいものを食べることに、興味はないという。唯一の趣味はプロ野球の観戦で、動画配信サービス「DAZN」でよく見ている。中日ドラゴンズのファンとの理由は、両親が名古屋出身だからかもしれない。
「伊藤」の姓は、江戸時代には伊藤宗看、伊藤看寿、伊藤宗印らの名人がいて由緒がある。
駒の並べ方にも伊藤流(ほかに大橋流)がある。棋士の中では大橋流が大半だが、伊藤匠は伊藤流を通している。
伊藤流の駒の並べ方は、最初に玉を置き、以下は金(左)、金(右)、銀(左)、銀(右)、桂(左)、桂(右)までは大橋流と同じだが、次に歩を9筋から1筋まで順に並べ、香(左)、香(右)、角の後に、飛を置いて完了する。
伊藤の好きな言葉は「孤高」。ひとり離れて高い理想を保つ、という意味である。それは、自身の生き方や将棋観に通じるものがある。
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