濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
革紐で首を絞め合って…なつぽいvs安納サオリ“泥沼の名勝負”の裏にあった特別な感情とは? SNSは互いにミュート「愛と嫉妬と絶望」の8年間
posted2023/07/20 11:01
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Essei Hara
7月2日のスターダム横浜武道館大会、そのメインイベントで対戦した安納サオリとなつぽいは、2015年5月31日、同じ試合でデビューした同期である。2人はタッグを組んできた盟友でありライバルであり、そうした言葉では表現し尽くせないほどの濃密な関係にある。
誰よりも気持ちが通じ合っているし、だからこそ誰よりも負けたくない。プロレスラーらしい関係性と言ってもいいだろう。ただどちらも、もともと役者志望だった。デビューしたのは“女優によるプロレス”を謳う団体アクトレスガールズだ。2人はその1期生である。
2人で背中合わせのセンター
芸能の片手間にプロレスをやるのか。偏見と風当たりの強さを感じながらのプロレスキャリア。「試合をすることで分かってもらうしかないと思ってました」となつぽいは振り返る。安納となつぽい(デビュー時のリングネームは万喜なつみ)は力をつけるとともにアクトレスガールズの2トップと呼ばれるようになった。何度も対戦し、タッグを組んだ。新人時代にはスターダムのリングにも上がり、宝城カイリ(KAIRI)の薫陶を受け2人で成長した。
「意識して当然ですよね。同期、デビューしたのも一緒、女優を目指してたのも同じ。アクトレスガールズでは2人で背中合わせのセンターみたいなものでした。中心が1人じゃなくて2人なんです」(安納)
いつも一緒だったし、よくケンカもした。何でも素直に話せるからケンカになったのかもしれない。いつも仲良くケンカして、周りからは「トムとジェリーだね」と言われたそうだ。
なつぽい「チラシもサオリが中心で、私は隅っこで小さくて」
なつぽいにとって、安納は常に自分の先を行く存在だった。2トップと言われても、団体の“エース”は安納だというイメージもあった。
「最初は大会のチラシもサオリが中心で、私の写真は隅っこで小さくて。そういうところから、とにかくすべてにおいて負けたくなかったです。私は凄く欲張りで、一番になりたい、スーパースターになりたいというのが夢。だから2トップでは満足できなくて。サオリにはリスペクトする部分がたくさんあります。でもリスペクトできるところがあるというのも悔しかった」
なつぽいは以前から自分のことを「嫉妬深い」と言っていた。今、誰が活躍しているのか。誰がベルトを巻いたか。周りの選手のSNSフォロワー数や「いいね」数も気になる。中でもとりわけ気になるのが安納だった。
「以前からインタビューでも嫉妬とか悔しさっていう話をしてきたと思うんですけど、その時に頭にあったのはいつもサオリのことです。名前は出せなかったですけど(笑)」
デビュー前から安納のことを意識してきた。アクトレスガールズのコーチには「サオリと比べてどこが負けてますか? 私が負けてるところを教えてください」と聞いた。安納を上回るためには練習するしかない。日本の女子プロレスにおける保守本流、全日本女子プロレスの流れをくむ団体ディアナでの出稽古を始めたのも「同じ練習をしていてはサオリに勝てない」という思いからだったという。
2018年、万喜なつみはアクトレスガールズを退団。翌年から東京女子プロレスに移る。安納はアクトレスガールズの初代シングル王者になった。王座決定トーナメント1回戦で勝った相手は、すでに退団を表明していた万喜なつみだった。しかし安納も2019年いっぱいで退団。2020年からフリーランスとしての活動を始める。