豊島将之九段は昨年、藤井と3つのタイトル戦を争って敗れ、無冠に陥った。去年のタイトル戦前に豊島は藤井を6勝1敗と圧倒しており、「天敵」「最後の壁」などと言われていた。だが今シリーズの開幕前には10勝13敗と逆転。完膚なきまでに叩きのめされ、「なぜ勝てないのか。何が足りないのか」と自問自答をせざるをえなくなった。藤井とタイトル戦で濃く接した棋士は皆、突きつけられる問いでもある。

「藤井さんに明確な弱点はないと思うので、その時その時の自分の力が出せるように心がけています」

　藤井のことを考えすぎても仕方がないので、豊島は自分自身を深く掘り下げる決心をした。実力を伸ばし、それを対局で最大限発揮すること。シンプルだが終わりのない修羅の道だ。

藤井と何度もタイトル戦で相まみえた豊島将之［代表撮影］　©JIJI PRESS

動揺した豊島の瞳が虚ろに…

　開幕戦は豊島らしさが全開になった。積極的な駒運びで大駒を躍動させ、藤井陣に襲い掛かった。王位の守備も堅いが、豊島の攻め駒が止まらない。藤井が反発に出た手が甘く、豊島が優勢に。そのまま押し切って大事な開幕戦を制した。

　今年の豊島は一味違う。そう思わせたが、北海道で行われた第2局で藤井が近年の成長を存分に見せつけた。角換わりになり、後手の豊島が序盤で前例の少ない手を用いた。自分だけが後の手順と評価値を知っているのは言うまでもなく有利である。

　だが、藤井の着手は早かった。豊島が誘導しようとした順はもちろん、さらにその上を行く手を用意していたのである。動揺した豊島は大長考に沈み、その後に致命的なミスを犯した。私はこの将棋を盤側で観戦しており、挑戦者の瞳が時折、虚ろになるのがわかった。初日の午後2時台に形勢に差がつくのはつらい。後日に敗因を尋ねたところ、「研究していなかったことがすべてです」とだけ漏らした。

先手番での相掛かりが全体の研究の深さにつながった

　以前、藤井は序盤は追随することがほとんどで、言い方を変えれば相手のいいなりであった。だからペースを握られることが多く、それを驚異的な中・終盤力でひっくり返してきた。その藤井が序盤にも力を入れ始めたのである。この将棋で新聞解説を務めた中村太地七段は「隙がまったくなくなりましたね」とお手上げだった。

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