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「大竹耕太郎は泣いていた」熊本の超進学校が大阪桐蔭に挑んだ日…済々黌高の恩師が明かす“本当の顔”「納得しないことはやらない」
posted2023/06/21 11:03
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph by
JIJI PRESS
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熊本にある公立の超進学校・済々黌。かつて同校野球部を率いた池田満頼の脳裏にも、やはり涙に暮れる大竹耕太郎の姿がこびりついている。
「偏差値70超え」超進学校が大阪桐蔭に挑んだ日
2012年8月18日、夏の甲子園大会。18年ぶり出場の済々黌は、春夏連覇を狙う優勝候補の大阪桐蔭と対戦した。
当時の記事には試合前の様子が次のように描かれていた。
<済々黌の監督・池田満頼は、こう語っていた。「力通りいけば、うちが負けると思います。でも、向こうに油断があったり、ミスが出れば、こっちにもチャンスはある。プラスαの部分で勝ちたいですね」。言葉の内容以上に、池田は落ち着き払っていたし、闘志を隠し持っているように感じられた>(Number Web/2012年8月18日配信記事より)。
大阪桐蔭はエースの藤浪晋太郎(現アスレチックス)を温存してきた。これであるいは……だがそれでも、代わって先発マウンドに立った背番号10・澤田圭佑ものちに立教大学を経てオリックス入り(現ロッテ)した右腕である。
序盤3回までは1-1と互角。だが、4回裏に大竹がつかまる。澤田に左翼ポール際へ勝ち越しソロを許すと、続く1番打者の森友哉(現オリックス)にも連続ホームランを浴びた。さらに1点加えられてこの回3失点。6回には4番打者・田端良基にバックスクリーンへ2ランを運ばれた。
済々黌は2-6で敗れた。
恩師「あいつが一番泣いていた」
結果的に大阪桐蔭はこのまま勝ち進み春夏連覇を達成している。その相手に公立進学校が2-6なのだから善戦といえた。池田も「やることはやった」と考えていたし、チームメイトの多くも全力を出し切ったうえでの結果にすがすがしい表情を浮かべていた。2年生エース、大竹を除いて。
「あいつが一番泣いていたと思います。上級生たちへの申し訳なさもあったのかもしれませんが、大阪桐蔭にも本気で勝ちに行っとったんでしょう」