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「ミルコをKOし、ヒョードルをぶん投げた男」ケビン・ランデルマンを覚えているか? “伝説のバックドロップ”を撮ったカメラマンの追憶
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2023/04/22 17:00
自慢の怪力でエメリヤーエンコ・ヒョードルを担ぎ上げるケビン・ランデルマン。多くのファンに愛された好漢は、2016年に44歳の若さでこの世を去った
“人類最強の男”がリングに垂直落下した瞬間
4万人を超える観衆から大歓声が上がる中、試合開始のゴングが鳴る。ランデルマンは前後左右に細かくステップを踏みながら、距離を測る。左のパンチをフェイントに両足タックルを決め、ヒョードルを抱え上げテイクダウンに成功。グラウンドで上から攻めるランデルマンの一瞬の隙をつき、ヒョードルが背中を見せ立ち上がった。するとランデルマンはバックに回り両手で相手の身体をロックし、すぐさまスープレックスを見舞う。捻りを加えて頭から落とす、垂直落下式のバックドロップに近い形だ。投げたランデルマンの身体も宙に浮き、2人の全体重がヒョードルの首にかかる。「ドスン!」と衝撃でリングが波打った。
撮影する自分の目の前で、“人類最強の男”がリングに叩きつけられ――その瞬間、私は「勝負ありだ!」と確信した。しかし、ヒョードルは何事もなかったかのように試合を続けた。寝技で押さえ込みながら頭部へ膝蹴りを繰り出すランデルマンに対し、ヒョードルはブリッジから身体を反転させ体勢を入れ替える。下になったランデルマンは両手を相手の胴に回してディフェンスするが、強烈なパンチを側頭部に受け続け、両手のクラッチが外れた。すぐさまヒョードルは左手を取り、完璧なアームロックを極めた。ランデルマンはうめき声を上げながら無念のギブアップ。後に判明したことだが、ヒョードルは落下寸前に身体を反転させ、頭からではなく肩から落ちるように“受け身”を取っていたのだ。
試合直後、ランデルマンは頭をマットにこすりつけて感情をあらわにする。すかさず駆け寄り、やさしく肩を抱くコールマン。その後、勝者を称えるためにヒョードルを自慢の怪力で高々と担ぎ上げて、さっとリングを降りるランデルマンの姿は最高に格好よかった。
ランデルマンがバックドロップを放ったのは試合開始から45秒。ヒョードルが勝利を収めるために要したのは93秒。数字で見るとごくごく短い時間だと感じられるかもしれないが、格闘技の醍醐味が凝縮された、この上なく濃密な試合だった。敗れはしたものの、やはりヒョードル戦がランデルマンにとってのベストバウトだったのではないか。
振り返ってみれば、ミルコに勝った2004年4月25日からヒョードルと対戦した6月20日までの約2カ月間が、選手としてのランデルマンの絶頂期だった。しかしその短いピークの間に、彼は永遠に格闘技の歴史に刻まれる絶大なインパクトを残してみせた。