令和の野球探訪BACK NUMBER
元ぽっちゃり少年が劇的変身&投手歴1年の右腕にスカウト集結…甲子園出場ゼロの公立校からなぜ隠れた逸材が?「入学前は想像もできなかった」
text by
高木遊Yu Takagi
photograph byYu Takagi
posted2023/04/20 17:00
多くのスカウトが注目する幕張総合の早坂響(左)と高校通算30本を誇る安中総合の梅山大夢(右)。共に「プロ入り」を口にできるほど、急成長を遂げている
吉田監督が選手たちに呪文のように唱えているのは、「野球は面白い。上手くなればもっと面白い。勝ったらもっともっと面白い」ということ。
「勉強だって、勉強しろと言われて勉強を好きにならないじゃないですか」
だからこそ選手たちは野球をもっと楽しむために、真剣に打ち込むようになる。
「ここに来た時はカルチャーショックがあってストレスしかありませんでした(笑)。素行を注意したり、まずは“人として”の部分ばかり言ってましたね。でも、自分が本当に野球を頑張って上手くなりたいと思えば、そうしたことも大事だと気づいていくんだということが分かってきた。“野球しかしない”は大嫌いだけど、野球部なんだから“野球が一番でいいよ”と伝えています。真剣に打ち込むことが自然と人間形成になっていくんです」
ぽっちゃり少年の意識を変えた監督の言葉
そんな吉田監督は、実績が皆無だった梅山のポテンシャルを早くから見抜いていた。打球速度を木製バットで測ったところ、入学早々にかかわらず140キロを計測。しかも大振りではなくシャープな振りを見せ、「もっとこうしたらどう?」という助言を送ると打球速度はすぐさま4キロ上がった。
そこで吉田監督は梅山をけしかけた。
「痩せたら内野を守れる。そうなったら“0%”だったプロに行ける可能性が“0.5%”になるぞ」
まず梅山には減量を目的としたランメニューを課した。内野ノックの後に外周をゆっくりと走るよう指示し、その時間が退屈にならぬよう、先輩の女子マネージャーと喋りながら行うように工夫もしながら指導していった。そうした親身になった指導は梅山の意識も変化させ、母親の協力のもと帰宅後の食事では炭水化物を減らし、野菜を増やしたメニューにした。
すると、3カ月後の夏には30キロの減量に成功。そこからは持ち前のパワーを生かすべく筋力強化に励んだ。一時は左ひざの怪我もあったが、その期間を利用して懸垂などのシンプルなトレーニングで体を鍛えると、梅山が「体もスイングも出力も変わって、どんどん楽しくなっていきました」と振り返るようにメキメキと進化していった。探究心も増し、最近は帰宅するとバリー・ボンズの打撃解説動画もチェックしているという。
体つきの変化とともに、顔つきも精悍になった。中学時代の友人には「誰だか分からない」と言われることもあるそうだ。
今年に入ってからはスカウトの視察や地元誌の取材なども増え、吉田監督の声かけも「お前は俺の大きな夢だ。頑張れ」と、“けしかけ度”が上がっている。梅山も「入学前は卒業したら就職すると思っていましたが、プロ野球選手になりたいです」と大きな目標を口にするようになった。まずは春の大会でアピールし、進路をじっくり考える予定だが、どの道を選ぶにせよ高校卒業後は高いレベルのステージでプレーすることを目指している。
早坂も梅山も「入学前はこんなことになるとは思わなかった」と口を揃える。それでも、指導者との出会いによって、見える世界は大きく広がった。夢を語る彼らの生き生きとした表情が、高校の名前や実績だけがすべてではないということを教えてくれる。
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