2023年春。
　天然芝。
　開閉屋根付全天候型スタジアム。

　 ホワイトボードに単語が並んだ。高山は息を飲んだ。それは紛れもなく、新スタジアム建設計画の全容だった。この寒冷地に天然芝のスタジアムをつくるのか......。前沢の頭の中ではすでに開場の時期まで決まっているようだった。体言止めで書かれた太い文字が、このプロジェクトに対する意志を示しているようだった。だが、高山はそれを目にしてもなお、本当にそんなことができるのか、という疑念が拭えなかった。

　札幌ドームはどうするのか？　どこに建設するつもりなのか？　莫大になるであろう 建設費はどこから調達するのか？　いくつもの疑問が瞬時に浮かんだ。 

　前沢はペンを置くと、高山の方を向いて微笑んだ。

「今、決まっているのはこれだけ。どこにつくるのか、資金をどうするのか、それはまだこれから」

　その言葉に噓はないように思えた。

新球場建設とボールパーク構想を語るファイターズ統括事業部本部長・前沢賢氏（2022年撮影） ©︎JIJI PRESS

「隠し立てはしない。でも書かれるとまずいんだ」

　それから前沢は、単にスタジアムを建てるのではなく、球場を基点に街をつくり、コミュニティを生み出すのだと言った。アメリカにはいくつかモデルとすべきボールパークがあるが、それを超えるもの、まだ誰も見たことのないスタジアムをつくりたいのだと言った。緊迫していた部屋にいつしか熱が満ちていった。その直情的な眼を見ていると、高山は魅入られるような感覚になった。

「高山さんに隠し立てはしない。でも、まだ書かれるとまずいんだ」

　前沢は、高山が事前に想定していた通りのことを言った。

「書いてもらってもいい時期がきたら必ず伝えるから、それまで待ってくれませんか」

　たとえ誰に何と言われようと、記事にするという決意で事務所に来たはずだった。だが気づけば、高山は前沢の言葉に頷いていた。この部屋に入る前、身構えていた自分はどこかに消えていた。そして、鼓動が速くなっていた。

　その夜、高山は自宅に戻ってからアメリカ大リーグの各球場とその周辺に広がる街並みの画像をパソコンで開いてみた。それらを眺めながら、考えた。なぜ自分はこのスクープ報道を強行せず、前沢の言葉に頷いたのか......。夜になっても胸の高鳴りは収まらなかった。

＜前編から読む＞

『アンビシャス　北海道にボールパークを創った男たち』（鈴木忠平著／文藝春秋）　書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。