「まるで忍者」100m11秒2の俊足のルーツとは

　太平洋戦争が始まる約半年前の1941年7月4日、杉山は静岡県庵原郡（いはらぐん）袖師町（現・静岡市清水区）で生を受けた。姉2人、妹2人と女きょうだいの中で育ったため、家では姉や妹とお手玉やあやとり、裁縫をしていることが多く、運動は決して得意ではなかった。

　しかし、内向的な少年が中学に入って一変した。誰に言われたわけではないが、夢中になれるスポーツをやりたい気持ちが心の底から湧いてきた。その思いを、兄のように慕っていたクラスの担任・滝正直に打ち明けた。

「先生、スポーツを本格的にやりたいのですが……」

「そうか。ならば蹴球部に入れ！」

　当時はまだサッカーを蹴球と呼んでいた時代で、杉山もルールすらわかっていなかった。ただ、信頼する先生の言葉は胸にグサリと突き刺さった。

「もし滝先生があの時、サッカーじゃなくて水泳をしろと言ったら水泳部に入っていたよ」

　杉山の人生は、恩師の一言で大きく変わることになった。

　蹴球部に入ると、胸の内に眠っていた負けず嫌いの性格が目を覚ました。中学では毎年10月にマラソン大会が行われた。中学1年生の杉山は30位と惨敗。1位は同級生の野球部員・鈴木俊郎だった。

　悔しくてたまらなかった杉山は、勝つためにはどうすべきかを考えた。鈴木を誘って毎日夕方に20キロ走った。2年になると4位。3年になると2位と飛躍的に成績は伸びたが、一度も鈴木には勝てなかった。

「鈴木に勝てなかったことでわかったんだよ。勝つためには人と同じことをしていてはいけないと……」

　それから独自のトレーニングが始まった。家の周りは海と山に囲まれていた。浜辺でダッシュをして、山頂の神社まで走った。それもただ走っただけではない。砂袋を作って腰に巻いて走ったり、大型トラックの古タイヤを引っ張って走ったりした。

ブラジルの名門パルメイラスのDF陣をドリブルで切り裂く杉山隆一（本人提供）

　成果は如実に表れた。中学時代の100メートルのベストタイムは12秒5。高校に入ると11秒2を記録した。何よりもスタートから2、3歩で急激に加速する瞬発力には目を見張るものがあり、メキシコ五輪日本代表の主将、八重樫茂生は私の取材に「まるで忍者のように目の前から消えていた」と表現した。

　そのスピードを物語るエピソードがある。杉山は1967年に親善試合でブラジルの名門パルメイラスと対戦し、セレソンの歴史に名を刻む右SBジャウマ・サントスを3度もドリブルで振り切り、サッカー王国を震え上がらせた。

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