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〈追悼〉がん公表から1年…藤井直伸、31歳で逝く「目指すのはパリ五輪ですよ」病室でも妻とバレーボールを…仲間に愛された男の最期
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byAFLO
posted2023/03/17 17:00
胃がん公表から約1年、31歳の若さでこの世を去った藤井直伸。明るい人柄でたくさんのチームメイトや関係者を魅了した(写真は2019年アジア選手権)
ここまで書いても、現実ではないような気がするのはなぜだろう。また週末、体育館に行けばひょっこりと、変わらぬ笑顔で現れる気がしてならない。
東レのスタッフ陣が冗談交じりに「藤井よりうまいセッターはたくさんいる」とからかうのを何度も聞いた。実際その通りだ。単純にトスを上げる技術だけならば、藤井より長けた選手はきっといる。でも、共にコートに立つ選手はもちろん、観る人たちや、彼に話を聞く人たち、そんなすべての人を明るく、元気にできるセッターは他に思い浮かばない。
振り返ってもすべてを挙げきれないほど、これまで数多くの取材を通して藤井の話を聞く機会に恵まれた。
勝った時、負けた時。ケガをして試合に出られなかった時。故郷が被災した東日本大震災から10年が過ぎた時。そして美弥さんとの出会いや結婚に至るまで。その時々、状況は異なり、聞かれたい話ばかりではなかったであろう中でも、いつも嫌な顔ひとつせず、丁寧に答えてくれた。そして最後は、決まって笑顔でこう言った。
「次は何がテーマですかね。楽しみにしてますよ」
元気になったらばーんと僕の本を書いて下さいね、と笑っていたのに、こんなに書きたくないテーマで書かなきゃいけないなんて、想像もしなかった。考えたくもなかった。
――
でもどうだ、書いたよ。最後まで。誰からも愛された人が、人生の最後まであきらめることなく戦い続けた強さと、寄り添ってくれた家族、ずっと一緒に戦ってきた仲間たち、何よりバレーボールを愛していたことを、少しは伝えられたかな。
また週末も試合はやってきて、大好きなバレーボールにひたむきに取り組む人たちがいる。その姿を見ながら、ここが優勝するとか、この選手が代表に呼ばれそうだとか、同じように大好きなバレーボールを楽しんでいてほしい。
誰より、美弥ちゃんの近くで。
心はひとつ――。
強く、明るく、懸命に生き抜いた。その姿を、これからは1人1人が胸に刻んで生きていく。何より愛した、バレーボールと共に。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。