ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥が口にした重み「どれだけの方のご尽力が…」フルトン戦会見の“緊張感”の正体とは? 帝拳・本田会長は「史上最大のイベント」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/03/08 17:02
3月6日、スティーブン・フルトン戦の記者会見に臨んだ井上尚弥。いつになく引き締まった表情は、この試合の“重み”を感じさせるものだった
井上陣営もこの状況を百も承知で、2人の王者以外にも対戦相手候補をピックアップしていた。ところがバトラー戦が終わってフルトン陣営に打診してみると、意外なことに「フィゲロア戦はまだ契約書にサインしていない」という情報を得る。こうしてフルトンとの交渉は一気にスタートを切った。米メディアがフルトンとフィゲロアの試合を「2月25日、ミネアポリスで開催」と報じたのが1月中旬のこと。この間も水面下で交渉は続き、フィゲロア陣営への説得、フルトンとフィゲロアの試合を開催する予定だったプロモーター、中継ネットワークとの折衝をへて、フルトンと井上の両陣営は最終的に合意にいたったのである。
交渉成立のカギは「フルトンの熱意」だった
関係者によれば、フルトン陣営は本人を除いて井上との対戦に否定的だったという。何も“モンスター”井上とやることはないではないか――。しかし、誇り高き2団体王者はそれを良しとしなかった。3月6日の記者会見でフルトンは次のようなビデオメッセージを寄せた。
「今まで多くのボクシングファンから『あの選手との対戦を避けている』、『あの人から逃げている』とたくさん言われていたので、そうでないことを証明するためにも井上選手との対戦を熱望していました。それに、私はチャレンジすることや、興奮できるような試合をするのが好きです。だから、井上選手と対戦できるのであれば断る理由はありません」
リスクの高い井上の挑戦を、しかもアウェーの日本で受けるわけだから高額のファイトマネーが用意されたのは間違いない。チャンピオンが負けるリスクの高い相手との試合を受ける場合、通常の防衛戦の2倍、3倍のファイトマネーが用意されるのが常識だ。
今回の試合はNTTドコモが4月12日にスタートする映像配信サービス「Lemino(レミノ)」で独占無料配信される。昨年4月、村田諒太(帝拳)とゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)のミドル級統一戦をAmazonがプライムビデオで配信したのを皮切りに映像配信サービスによるボクシング中継が加速。いまや多額のファイトマネーが用意できるのはテレビ局ではなく、Amazonやドコモのようなプラットフォームだ。ビッグマッチ実現には、こうした映像配信ビジネスの拡大という背景もあった。
それでも大金を積めば何でも実現するわけではなく、本人が「嫌だ」と言えばそれまで。フルトンの熱意こそが交渉成立のカギとなったのは間違いない。