- #1
- #2
プロ野球PRESSBACK NUMBER
「ぼく…密約なんてしてません」PL学園・桑田真澄がドラフト当日に明かした巨人への思い「清原よりもぼくを選んでくれた。嬉しいんです」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2022/10/20 11:02
1985年11月20日のドラフト会議で巨人に1位指名を受け、記者に囲まれ質問されるPL学園・桑田真澄
「先生、ぼくは嬉しいんです」
真っ直ぐな眼で井元を見ていた。大人の思惑を見透かす、あの眼差しだった。
「先生、ぼくは嬉しいんです。巨人が清原よりもぼくを選んでくれた。こんな嬉しいことないじゃないですか。それなのに……なんでそんなことを言わないといけないんですか?」
井元はハッとした。今しがた自分が発した言葉について、あらためて考えざるを得なかった。
桑田が口にしたのは17歳の偽らざる本音だった。早稲田進学を望む母の期待や清原の純情を前にこれまで口には出せず、それでいて断ち切れなかった想いであった。それを受け止めてやれるのは、桑田をPLへと誘った自分しかいないのではないか。
井元は自分が放った言葉を呪った。そしてひとつ息をつくと、桑田を見た。
「そうか、わかった......。すまんかった。とにかく今は寮に戻っていなさい」
そう言うのが精一杯だった。
再び玄関のチャイムが…「先生、どうなっているんですか!」
それから井元は、学園がこの問題にどう対処するのだろうかと考えた。おそらくは桑田の入学枠を用意していたであろう早稲田は何と言ってくるだろうか。早稲田とPLの関係はどうなるのか。清原と桑田との絆はどうなっていくのか。あらゆる方向へと思考は伸びた。
すると再び玄関のチャイムが鳴った。思考はそこで遮られた。
今度は誰だ……。
胸騒ぎとともにドアを開けると、そこにいたのは清原の母・弘子だった。弘子は井元の顔を見るなり叫んだ。
「先生、どうなってるんですか!」
その顔には嘆きの色がありありと浮かんでいた。
「なんでこんなことになったんですか? 先生がタッチしたんですか?」