“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
「帝京魂は石橋貴明さんのイメージが…」“強かった帝京”を知らない高校生が、あのユニフォームに“10個目の星”を刻みたい理由
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2022/08/17 06:00
帝京高校のユニフォームに刻まれる全国制覇の数を示した“星”。インターハイでは惜しくも20年ぶりの優勝を逃したが、着実にその時が近づいている
現在の3年生は2004年度生まれ。9個目の星がユニフォームに刻まれた2002年は、彼らはまだ生まれてもいない。「名門・帝京」の存在をほとんど知らずに育ってきた世代だけに、周囲の目との間にギャップが生まれていた。
松波氏が背負った10番をつける主将のFW伊藤聡太は、東京ヴェルディジュニアユースから帝京にやってきた。ユースに昇格できなかった伊藤は「高校サッカーでプレーするのは厳しい」と一時は別の選択肢を考えたが、父親に相談をしたところ「お前がカナリア色のユニフォームを着ているところがめちゃくちゃ見たいな」と言われたことで、練習参加を決めたという。
「父親世代にとって“帝京”はとてつもなく大きなブランドなんだなと思いました。実際に帝京の練習に参加すると、僕が思っていた高校サッカーのイメージとは違い、きちんとボールを繋ぐし、ビルドアップもしっかりしているチームでした。ここなら自分の持ち味も伸びるかもしれないと思えたんです。でも、一番大きかったのが、帝京がプリンスリーグ関東に所属していることで、もし東京都リーグ所属のチームだったら進学していなかったかもしれません」
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守備の柱として活躍するDF大田知輝(3年)も、FC東京U-15深川からやってきたJリーグ下部組織出身。
「いくつかの高校で進路を迷っていたのですが、(FC東京U-15)深川の時に帝京と練習試合をしたことがあり、そのときによく繋ぐチームでうまさを感じたので選びました。カナリア色のユニフォームとか、胸の星とかは特に興味はありませんでしたね」
両校優勝時のキャプテンだった日比監督
そんな彼らが帝京を選んだ背景には、日比威監督(49歳)の熱い思いがある。
今季で就任7年目となる日比監督は、松波氏の1学年上で両校優勝時にはキャプテンを務めた。帝京を復活させるべく、球際の激しさ、ハードワークする伝統は継承しながら、ボールを主体的に握って相手をコントロールするサッカーを志した。
インターハイ、選手権といったトーナメントでは結果がなかなか出なかったが、リーグ戦では2019年に目標と定めていたプリンスリーグ関東に昇格。伊藤の言葉が物語るように、この昇格が現在の3年生たちにとって大きなプラス要素となった。