甲子園の風BACK NUMBER
昨夏の王者・智弁和歌山がまさかの敗退…“背番号1”を重んじる中谷仁監督を悩ませた“ダブルエース”の存在「僕の経験不足」
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byKYODO
posted2022/08/14 11:05
春の近畿大会では大阪桐蔭の連勝記録を止めるなど、今年の夏も優勝候補の一角に挙げられていた智弁和歌山。勢いに乗る国学院栃木を前に悔しい敗退となった
中谷監督はどちらかというとその年のエースを抑えや切り札的な役割で起用しているイメージがある。だが、毎年夏の大会の初戦だけは(2020年の独自大会を除いて)、和歌山大会も甲子園も、相手がどこであろうと、必ずその年の“背番号1”が先発してきた。
「この夏はお前中心に行くんだぞ」という意思表示であると同時に、元捕手ならではの考えを、以前こう明かしていた。
「投手心理を考えると、やっぱり最初に投げておきたいと思うんですよね。エースが、自分が投げずにチームが勝ってスタートすると、自信を持って次の試合に向かうという感じになかなかならないんじゃないかと。しかも初戦で2番手、3番手投手が完璧に抑えて勝っちゃったりしたら、エースがそのあと初登板する時に、自分が不甲斐ないピッチングはできないとか、もう一個上のピッチングをしなきゃいけないとか、変な力みや硬さが出たりして、難しいと思う。その夏の一発目の結果が出ていないのに、過度な結果を期待されているような感覚になるんじゃないかと思うので。
『一番最初にお前が行くぞ』、『初戦は絶対大事やからお前やぞ』という、そのプレッシャーは、エースであったらなんてことはないし、それに応えるのがエースだと思う。『俺は絶対抑えるから、次からお前ら行ってくれよ』という感じでやってくれたら。だから基本的にピッチャーは、怪我さえなければ初戦はエースで、というのはなんとなく僕の中ではあります」
中谷監督を悩ませた“ダブルエース”の存在
今年の和歌山大会初戦も、1番の塩路に先発を任せた。
だが甲子園の初戦は、前日の練習終了時まで悩み抜いた末に、武元の先発を決断した。
理由の1つに、監督が「ダブルエース」と呼ぶように、今年は2人の力が拮抗していることが挙げられる。武元は、最速149キロを記録したプロ注目の長身右腕。塩路は、最速144キロのストレートと多彩な変化球を駆使した投球術で、安定して試合を作ることができる。この代になってからずっと1番を背負ってきた塩路は、こう語っていたことがある。
「普通に考えたら、武元のほうがスケール的にでかくて、スピードも速い。力で抑える的な部分では武元のほうが上だと感じます。でも今までいろいろな積み重ねがあって、監督やコーチが“1”をつけさせてくれていると思うので、“1”にこだわるというより、“1”をつけるまでに行ってきた過程を大事にしたい」
そんなダブルエースが万全ならば言うことはないのだが、「塩路・武元の2人の状態を、今日この日に向けてなかなか上げることができなかった」と中谷監督は悔やむ。「打ち合いになる」と予想した。
「打ち合いになることも想定すると、最初に武元が行ったほうがいいんじゃないかと。後半、塩路がしっかり締めてくれたらというプランを持って、判断しましたが、結果、立ち上がりで失点してしまった」