「だって、あれはもう奇跡ですよ。ショートのジャッグルがなければ微妙なタイミングにならなかったし、一塁にはリードを大きく取れる宮坂、二塁にはチーム一の俊足の大西、バッターは小園に強い大仲、みんながイチローさんに言われたことを確認し続けて……どれ一つ欠けても、あのプレーは形にならなかったでしょう。イチローさんには、投げる、打つ、走るといった技術的なこと、作戦やフォーメーションの知識もたくさん教えていただきました。でも自分たちだけの宝物は、イチローさんの最後の言葉やと思うんです。『ずっと見てるから、ちゃんとやってよ』というあの言葉。二塁への駆け抜けも、二塁を駆け抜けるプレーを教わったというより、その確認を普段から徹底させるという、自分自身に対する意識づけができていたからこそ、あの場面で形にできた。それはイチローさんのあの言葉があったからです。イチローさんが届けようとしてくれたのは、本質を伝えたい、ということだったんでしょうか……子どもたちはイチローさんと時間を共有することによってしか得られない、本質的なものを伝えてもらった。それがイチローさんのあの言葉に詰まっていると思います」

「イチローさんは野球を簡単にしてくれました」

　では物語の主役を演じた3人に、イチローは何を遺してくれたのだろう。

「イチローさんの『ちゃんとやってよ』というあの言葉は、今後の人生の中でも自分の頭の中に、心の中に残っていくんだろうなと思っています」（宮坂）

智弁和歌山の主将・宮坂と話すイチロー（2020年冬撮影）©︎Naoya Sanuki

「努力は結果として自分自身に返ってくるんだから、誰が見ていても、誰も見ていなくても、ちゃんとやる……イチローさんの言葉を僕はそう解釈しています」（大西）

「イチローさんは野球を簡単にしてくれました。むしろ僕たちが野球を難しくしていたんです」（大仲）

　教えられたことを高校生が身につけることによって、“イチローの野球”を未来へ遺すことができる。二塁を駆け抜けるという、これまでの常識ではあり得なかった“イチローの野球”の一つが、あの瞬間、智辯和歌山によって受け継がれたのである。

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