初回が勝負だ。一発、何かやってみろ

　前の晩、チームは大阪市東三国の宿舎ホテルで決勝戦へ向けてのミーティングをして、そこで松坂の映像を見た。

©Hideki Sugiyama

《監督も、みんなも、うーん……という感じで、結局、対策はないな、狙い球もそれぞれに任せる、ということで終わったんです。なんか現実感がなくて。僕らは甲子園1勝が目標のチームでしたから》

　全員が軟式野球出身で、受験で入学した。野球に将来をかける横浜やPLの選手たちとは別世界にいた。だから、あの松坂との対戦を想定すること自体が初めてだった。

　ただ、澤井は最初の打席に向かう中で、1つだけ頭に入れていたことがある。決勝の朝、松井常夫部長から《相手は松坂なんだから、初回が勝負だ。一発、何かやってみろ》と言われたことだった。挑む者だからこその大胆さが、その打席にはあった。

あ、打てる。このストレートはいける

　初球。速球が外にはずれた。

《あの1球を見て、あ、打てる。このストレートはいける、と思ったんです》

京都成章の主将・澤井。株式会社スポーツバックスを設立し、現在はアスリートのマネジメントを行う　©Wataru Sato

　2球目。澤井は勝負に出た。いつもはバッターボックスの後ろ、捕手寄りに立つのだが、この時はあえて一番前に出たのだ。

《真っ直ぐを思い切り振ったろうと。何かやってくると思わせて、少しでも松坂のペースを乱せれば、と思ったんです》

　果たして狙い通りの球がくる。引き絞ったバットを解き放つ。ジャストミートの感触が澤井の身体を突き抜けた――。

　サードを守っていた横浜の齊藤清憲は、そこからマウンドの松坂を見ていた。いつもの状態でないことはすぐにわかった。

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