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羽生結弦を支えた振付師ジェフリー・バトルが語っていた“誇らしさ”「彼にとって、満足のいく挑戦をすることが何より大事だった」 

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田村明子

田村明子Akiko Tamura

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photograph byRyosuke Menju/JMPA

posted2022/07/22 11:01

羽生結弦を支えた振付師ジェフリー・バトルが語っていた“誇らしさ”「彼にとって、満足のいく挑戦をすることが何より大事だった」<Number Web> photograph by Ryosuke Menju/JMPA

7月19日、決意表明会見を行った羽生結弦。振付師のジェフリー・バトルが語った“羽生のこれから”への思いは…

 競演経験のあるピアニスト、清塚信也の演奏・編曲によるピアノアレンジの楽曲をもとに、振付は始まった。

「振付の作業はオンラインで行いました。対面でするより困難ですが、ユヅは画面上の作業でも問題なくこなす力を持っている数少ない選手の一人です。ぼくの元々の振付には、特にストーリー性をもたせてはいませんでした。その後ユヅがシェイ=リーンにも意見を求め、彼女が細かいところに手を加えてコラボレーションの形になりました。選手の希望を優先させるのは大事なので、これは良いことだったと思います」

 その結果、羽生自身も「ジェフが基盤を作ってくれて、シェイがそこに情緒あふれる物語をつけてくれた。新しい物語として、エキシビのように感情を込めて滑れている」と語るプログラムになった。

「これは彼自身のキャリアですから」

 バトルは羽生がソチオリンピックで最初の金メダルを手にした『パリの散歩道』から、ずっと羽生のSPを手掛け、その成長を見守ってきた。

「彼は成長するにしたがって、自分の意見をきちんと反映させるようになりました。謙虚なところは以前と変わりませんが、今のユヅは自分の考えを整理してまとめて、周到に準備をする。そして方向性についても、はっきりと自分の意志を表明します。これは彼自身のキャリアですから、とても大切なことだと思うんです。選手にとって、キャリアを振り返ったときに自分ができるだけのことをやった、と思えるのはとても重要なことなので」

 本人はまだ今後の競技活動については白紙状態で、何も表明していない。

「選手というのは、だんだん体力的に衰えて、技術も以前ほどのことができなくなって競技を去っていくというのが普通です。競技生活の最後に、技術的なピークが来る選手というのはいません。でもユヅは若い頃にはプログラムの最初で跳んでいたジャンプを、北京では最後に跳んだ。表現など全ての面で成長してきたと同時に、これだけの技術と体力を保ってきたのはすごいことだと思います」

【次ページ】 「ぼくは彼のことを誇りに思っている」

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