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濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
武尊30歳が明かす「(天心戦で)負けた瞬間は“引退しよう”って思ってました」それでも休養を選んだ本当の理由《単独インタビュー》
posted2022/06/29 17:04
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Kiichi Matsumoto
出した結論は“新たなチャレンジ”だった。6月19日、那須川天心に敗れた武尊。常に負けたら引退という覚悟だったが、10年ぶりの敗北を喫した後で、想像もしていなかった出来事が待っていた。
試合後、SNSに記していたことを、彼は6月27日の記者会見でも繰り返した。負けてリングを降りた自分は、すべてを失ったのだと彼は考えていた。これからファンや周囲の人々がたくさん離れていくだろう。だが客席から聞こえたのは「ありがとう」という声だった。SNSにも感謝の言葉が大量に届いた。
「試合が終わって、毎日1、2時間しか眠れなかったけど、コメントは全部読ませてもらいました。読むことで揺れ動いていた気持ちが救われた部分があって。試合が終わって引き上げる時もたくさんの人が集まってくれて。その時にもらった“ありがとう”は、これまで10年間勝ち続けてきた時のどんな“おめでとう”よりも嬉しかったです」
そう言って武尊は涙を見せた。会見後の単独インタビューでも「あの時のことを思い出すと、今でも涙が出そうになりますね」と語っている。
「リングを降りた自分への声が、想像と全然違ったんですよ。それで僕がこの10年、勝手に作り上げてきた負けることへの恐怖が覆されました。もちろんそれは、この10年間勝つために闘って、勝ち続けてきたからだと思うんですけど。でも僕の格闘家としての人生観、価値観というのが覆されました。凄く大事な経験ができました」
「心が休まる日なんて1日もなかった」
武尊は2012年、キャリア6戦目で初黒星を喫して以降、那須川戦まで10年間勝ち続けた。2013年にKrush王者となってから、ベルトを巻いていない時期がなかった。K-1では3階級を制覇している。その栄光は、恐怖の裏返しだった。
「負ける怖さがあったから勝ててたんだと思います。10年前に負けた時の悔しさとか苦しさはずっと残ってたので。試合前じゃなくても、負けることへの恐怖に支配されてました。“負けて今の立場を失ったら、自分に何が残るんだろう”って、そういうことを毎日考えて生活してました。心が休まる日なんて1日もなかった」
デビューから5連勝して「どんどんファンが増えていくな」と思っていた。でも負けたら「ああ、こんなもんか」という雰囲気になった。人が離れていくのを感じたそうだ。それは武尊にとって耐えられないことだった。彼は格闘家としてたくさんの人に見られ、愛されたかった。